昔なじみの女房と旦那。みたいな空気を初対面でも出せるのが、傭兵家業で長生きする秘訣だなんて言うが。
分隊Cロッテ1、損傷具合を報告しろ
こちら分隊Cロッテ1。軽微だ、すんでのところでボムが間に合った;どうぞ
そいつは良かった。敵部隊は、03高地に陣地を敷き、01凹地を見下ろしているようだ。指揮官機を擁する部隊は高地から動いていない、撃ってきたのは凹地の部隊だろう。
何かの歌に絆されて上ばっかり見て歩いていたら等高度の敵陣地に先に発見されたと言うから目もあてられない。飛んできたのはVOX系統の火器と思しきミサイルだった。幸いパーティと言うほどじゃない、さしずめ敵味が不明だからつついて識別信号を引き出すつもりだったのだろう。多対多混合戦線は得てしてこういうものだ。組織化水準の低い傭兵部隊ではさもありなん。こんな行き当たりばったりの行軍とアホみたいな遭遇戦にも、昔馴染みにならなきゃいけない。
こちら分隊Cロッテ2。VOX主体の火力支援部隊のようだ。接近遭遇戦はこっちに分がある、叩いて小銭を稼ぐってのはどうだ?
分隊Gロッテ1だ。御免だぜ、敵の総数もわからないのに。弾丸も推進剤も無料じゃねえ。
10/80Advじゃあ怖気ついても仕方ねえか、弾丸ケチって金玉無くしてんじゃ世話ねえぜ、一生型落ちダッチワイフと添い遂げるんだな。
さすが、短小トンファーのラッキー・ストライクだけで生きてるやつはアホがつくほど楽観的だぜ。型落ちの10/80Advでアホームドをスクラップにしたら、さぞ気持ちいいだろうなぁ?
ンだとコラ、やんのか?こちとら派遣傭兵だ、正規傭兵なんぞに気兼ねはしねえ;俺はあっちに付いたって構わないんだぜ。オファーは来てるんだよ
分隊Gロッテ1、分隊Cロッテ2!同士討ちと私闘は傭兵ライセンス剥奪だぞ、わかってんのか!どうしてもやりてえなら、レンタリアの外で勝手にやって仲良く商戦法違反でしょっぴかれろ。無法となっちゃピースキーパーズが喜んで相手してくれるだろうさ、精々身ぐるみ剥がれる心配でもしながら夫婦喧嘩してこればいい。それが嫌なら黙って作戦を遂行しろ。
……ちっ
フン
索敵できていない構成不明な敵部隊が目の前にいるというのに、真っ先に始まったのは友軍との口喧嘩だった。
細い暗号通信回線を輻輳させて飛び交う非建設的な怒号のキャッチボールに耳を貫かれ、思わず天を仰いだ。零細レンタリアとして造成されたこの小さな人工島は、今日も無駄に天気が良かったが、勿論ここからではコックピットの天井しか見えない。
敵が目の前にいるっていうのに仲間内でこのザマとは、マージナル出の奴らってのはどうしてこう危機感がないのだろうか。それだけシビアな環境で生きてきたということなのかもしれないが、巻き添えで死ぬのだけは真っ平だ。
今回の〝商品〟は中遠距離運用前提の品物だ、白兵乱戦で使うよりはVOX辺りにぶち込んで早々に撮れ高を確保した方がいい……と思うんだが分隊Aロッテ1、どう思う?
私に聞かないでよ。商談に乗ったのも、この部隊の指揮官も、あなたでしょうが。……どうぞ
そうだがよお
こんな面倒なことになるなら、〝商品〟のことは黙って一人で対処すべきだった。一人で抱えるには難儀な子守だが、こんな荒っぽい人間の何人もと一緒に意識を共有するくらいなら、リンナ一人に頼む方が遙かによかったかもしれない。……彼女は拒否してきっと、今と同じシチュエーションになっただろうが。
しかし、指揮分隊長もあれか:つい溜息が出た。
〝商品〟とは、今回の戦闘興行がコマーシャルとなる新製品の武器のことで、この零細レンタリアで広告番組を撮る程度のものだ。こんな小さなレンタリアではバーチャロイド自体やその基幹システムに関わるような商品が出てくるわけもなく、まして企業同士の大規模戦闘が起こったりもしない。第三世代初頭の型落ちや、下手をすると10/80Advなんて骨董品まで引っ張り出されるようなお寒い戦線で、一体どんな武器が撮れ高をくれるのか……と思うところだが、今回の〝商品〟については実際ちょっとしたものだ。
元々は俺が一人で受けていた平行契約だったが、主契約の戦闘が面倒そうな雰囲気を見せたので分け前を見せて協業を提案したのだが……はあ。
分隊Bロッテ1、〝商品〟を抱えてるのはお前のアファームドだ。意見を聞き入れよう。
……なんだいそりゃ
面倒なところは丸投げ、持ってきたのは俺だから仕方がないのだが、それなら一人かもっと少人数でやるべきだったのだ。
ゼミニやハツネも、どこにいるのか気がかりだ。
確かにこいつは中遠距離では大層な威力がありそうです、その割には値段も安くて、こんな島でお披露目するには随分景気がいい
まあ指揮官の言うことも尤もだし、相手がVOX部隊なら余程の数でも出てこない限りは一発かまして退散すれば追いつかれることもない。ミサイルの射線を通しさえしなければ被弾も抑えられるだろう。
今回の〝商品〟とは、アファームドT系列用の拡張武装パックだ。
アファームドT系のD型といえば、嘗てのVOK系スケルトンモジュールのような武装拡張を、アファームドの統合整備ラインに組み込もうとしたものだ。アファームド系はポテンシャル的にはテムジン系に勝る汎用性を持った機体でありながら高級ブランド戦略に乗れないなどの時の運から常にテムジン系の後塵を拝してきた。そうした中で、トランスヴァールは格闘機・指揮官機・火力支援機としてのニッチェに刺さった現状から更にマルチロール化を進めることでシェアを拡大しようとしている……という噂話を信じたどこかの企業が命運をかけて開発したのが今回の〝商品〟らしい。
アファームドT系D型といえばわかりやすく旧VOK系のディスコンによって失われたニッチェをアファームドで奪おうとしたものだが、そこに失われたスピングル・ボックのアイデア(ノウハウと言えるかまでの内情は俺も知らないが)を詰め込んだもの;手っ取り早く言えば、この〝商品〟とは、アファームドの武装マウント用ハードポイントに光学兵器を搭載させるパック、ということになる。
そんな武器が存在するとは、商品開発関係者以外は誰も知らない。初お目見えの武器のわからん殺しで1機2機潰せば、コマーシャルとしての商品価値は十分にアピールできる。俺は気弱な指揮官に同意し、統制の悪そうな前衛機体の善戦を祈ろうとしたが―
却ッッッ下だ!
割り込まれた。
こちら分隊Bロッテ2。そんな場当たり的な作戦に命を預ける身にもなってもらいたい。敵部隊の規模がわからないのに刺激の強い武器を使用して、蜂の巣を突いたようにでもなったらどうするつもりだ。ミサイルの雨霰となった日には、型落ち機体を含んだこの部隊が損耗なしにやり過ごせるとは思い難い。仮に敵指揮部隊がMarikoタイプの編成だったら、強烈な曲射火力が直線的な障害物を無視してくるんだぞ;却下だ。
うげ。こうなるような気はしていたんだよ。いやリンナ、お前の感想は尤もだ、こんな命を懸けたピクニックはうんざりだよ。だがなあ。
……却下、って分隊Bロッテ2お前何様だよ指揮官でもなし。遠距離戦ならお前のエンジェラン型だってブがあるだろう、パックとして抑えは欠いてない
私の話はしていない、部隊全体の話をしている。敵規模を把握しない限り、交戦には反対する;気付かれた以上、一旦04隘地まで退くべきだ。どうか?
こちら分隊Aロッテ2。同意する。
即座に答えを返してきたのは、分隊長の女房役らしい女傑然とした女性の声だった。
おいぃ!?
あんたが優柔不断だからこんな事になってンでしょうが!もっとビシッと指揮しろ、男のくせに!
男のくせにとか、今どき流行んないぜ……。こちら分隊Aロッテ1;先制攻撃に失敗した、一度ラインを下げてプランBへ移行する。
了解
へーい
妥当だな
指揮官の女房役らしい人のおかげで、霧中の攻撃敢行は避けられた。
しかしプランBって何だったか……ブリーフィングログを遡る。「03高地の目が薄い02高地の外側を迂回し、01凹地の側面を突く。〝商品〟は途中で分岐し、03高地の中腹に潜伏して01凹地攻撃の火力支援としてカット撮影する」か。敵本隊から離れ、味方の隊からも離れることにはなるが、潜伏地点はそもそも戦闘域とは呼べぬほどに離れている。〝商品〟の有効射程の長さ故のことだが、僥倖だ。
本当のピクニックになっちまった
割の善し悪しで言うのならば、これは好都合だった。元請けは俺なのだから当然だが〝商品〟の運用を担当していたのは正解だった。前に出ず潜伏から一撃離脱。光学兵器は弾速の概念をほぼ無視できる、キネティック弾の多いVOX系統に対して一撃離脱をするのであれば優位も優位だった。
統制が取れるとは思えない部隊で前線に出るなんて気が気じゃない、ああ、後衛機体で来てよかった。リスクが低く割がいい仕事に変更だ。
大人しく戦線を下げ始めた部隊に合わせて、俺も機体を後退させる。
おい、アレックス
急に、プライベート秘匿回線がノックされた。リンナだ。部隊の他のメンバーにも秘匿された通信、あまり望ましいことではないが……。
なんだ、急に秘匿通信とは穏やかじゃないな。さっきのお前の割り込みの方が穏やかじゃなかったが
死ぬよりマシだ
上官への盾付きさえ、さも当然と言いたげなリンナの発言には、危なっかしさと呆れと、半々だ。言っていることは正しいのだが。
そうだがよ。で、何だよ?
この戦闘興行、何か匂わないか。余りにも茶番感が強い
そりゃあ同感だがな、だからって何かできるわけじゃねえ
さっき見かけたVOX部隊の危機感のなさは、まるで撃ってくれと言っているようなものだ。攻撃こそしてきたがまるで本気のように思えない。
混戦レギュレーションじゃよくあることだろ、敵か味方か、やっこさん共も判ってねえんだよ
その〝商品〟のアピールのために出来レースになってんじゃないのか?その〝商品〟、真っ当なものなんだろうな?
知るかよ。もし爆発したら骨は拾ってくれよな
冗談のつもりだったが、リンナは笑うでもなく「ああ」と神妙に返してくる。そんな反応を返されるとボケたこっちがキツイ。
あのガラヤカペアは、お前の言っていた二人か?
そうだ
リンナはゼミニとハツネのことを言っているのだろう。ブリーフィングで確認した限りは、あのガラヤカ機ペアは、ゼミニとハツネが搭乗している。
ガラヤカタイプが2機で組んでるなんて、露骨すぎる。しかも、それがわざわざ外向けに急に発表されるなんて、国際戦時放送法に反するんじゃないのか
だよな
だよな、って、どういうことだ。この戦線のライブ中継には法は適用されないってのか?
折り込み済みだろうさ。それくらい、お前も判ってるだろリンナ。今更何が匂うって言うんだよ。臭いってのは……つまりこの感覚のことをいているのか?
先ほどから皮膚の一枚内側をざらわざと乾いた布で撫でつけられるような、この嫌悪感。リンナは俺よりも強くその影響を受けているのかもしれなかった。
そうだ。このレンタリア、前に来たときとは何かが違う。ヒリつくんだよ、奥のとこが。狐狩りのことも気にかかるが、この感じはどうしても慣れねえ:気が散る。
リバース・コンバートの近くにいたりV.ポジティブ測定を受けてるときみたいだな。
思えば、彼女の言ったこの感覚が、この顛末の予兆だったのだ。
天然物、と言っても植物として自生しているという意味ではなく、味と香りと触感を人工的に組み付けた工業製品ではない農業製品という意味だ。地球圏には既に「農業」という産業を支える地表面積は残されていない。それを確保するために他の星のテラフォーミングに忙しいと言ってもいいほどだ。
お待たせしました。ナチュラルコーヒーのショートサイズです
どーも
その天然物のコーヒーを使ったコーヒー飲料:ナチュラルコーヒーなんて随分奮発してしまった、これだけで普通のコーヒーを10杯は飲めるというのに。普段のコーヒよりもかなり割高で、心做しかカップに対する対して少なく思えてしまう。植物としてのコーヒー豆から抽出した高価な液体を眺めて一瞬しみじみとしてから、確保してあった席に戻る。この店の名物なのだから頼まないのも損というもので、鼻腔をくすぐる香りはやはり人工コーヒーとは格別に違う。
そして、俺の後続の客も同じ物を頼んでいた、ひとつ、大きいサイズのものを。
ナチュラルコーヒーのミディアムサイズですね。お支払いは
これを普通に毎回注文できる奴もいるんだから厭になっちまうよな、こちとら別に楽な仕事してるわけでもないってのに
一つ上のサイズのナチュラルコーヒーを注文していたのは線の細い女性客だ、きっといい暮らしをしている人に違いない;が、いちいち比較しても仕方がない「俺は眼の前のコーヒーを楽しむぞ」と湯気をくゆらせ水面に僅かな油虹を踊らせる高級飲料に集中しよう……として、しかしすぐに乱されてしまった。
今の会計、何だ?何を使っていた?
件の女性客の支払い方が、奇妙だったのだ。
仕事ではなくこれは俺の副業だ;通信の窃取と改竄のためのデバイスを常に携帯していて、パッシブに傍受している。面白い穴でもあれば持って帰り小銭を稼ぐ。売れる情報なら売り払う。日々の行動で無理なく行えて若干の収入があるという程度の副業だが、滅多にに見ないものが目に入ってきた。
暗号化こそされていたが、使われていた偽造ID自体は偽造IDとしてはありふれたものだった。偽造した人権認証をパスするための利用プロトコルが幾つかに絞られることは「業界」の常識だが、彼女の使用していたインターフェイスは想定外のものだった。決して未知のものではない、むしろ見知ったインターフェイスだ。あれは―
人間用じゃない
一見すればただ日用品を購入するのに共通人権IDに紐づいた信用取引(この弱小企業国家内での信用が国際的にどの程度の信用になるかは推して知るべきところだが)を用いただけのところだ。だが、あの女性が支払いをするときに使っていた人権認証方式は主に家電品が電子的国境を通過して物理空間を移動する際に用いられるプロトコルとそのID認証だ。商品が人権認証としてパスする、つまり人間として認められることは、国際的なセキュリティ上、あり得ない。加えて言うのなら、その人権認証で支払時の与信確認が通る筈もない。
これは、純然たる好奇心だ。そんな認証方式で買い物ができるとは、一体他にどんなカラクリが潜んでいるのか。
幾つかの仮定は立てられるが、そのいずれも現実味があるとは思えないし確証も得られない。だが、それ故に眼の前で起こったことが気になる。
あの、これ、落としましたよ
えっ、はい?
勿論嘘だ;これは使用済みで破棄予定の、俺の偽造人権IDカード(使用済)。見た目は普通の人権認証用のインターフェイスカードだが、このカードは顔写真貼付が義務化されていない国で発行された体で作ってある。プライバシーだ何だと煩い先進国ほど、カード本体に物理的な表示が施されておらず、リーダーに通さない限りは誰のものかを判断はできない。一方で認証さえパスできれば国際的な信用は先進国ほど高いのだから、偽造する側としてはこんなに都合がいいことはない。……まあ、話しかけられればきっかけなど何でもよかった。むしろ、ハンカチくらいにしておけばよかったと、後悔することになる。
いえ。これは私のものではありませんわ。
と、応じた彼女を見て俺は驚いてしまう。こんな突拍子もない認証をパスするのだから、それはGeekな外見をしているに違いないと思っていたのに、埋設機器の形跡は隠すことなく晒している左腕の義手だけだ。だがその義手が仮に不正決済を行うための道具であればあのように見せるはずがない。それに、平たく言えばつまり、彼女は想像以上に美形だった。
少し面長な輪郭に抱かれた印象は控えめだが、鼻筋はスラリと通りナイフで刳ったような鋭い目も人形のような美しさを引き立てている。白い肌はよく手入れの行き届いていることを示しており、心地よい冷たさを孕んだ見目はしかし穏やかな声とゆったりした立ち居振る舞いによって高貴ささえ感じさせる。こんな辺鄙なレンタリアに、アバターモデル顔負けの逸材がいることに、驚きと同時に少々の違和感を覚えた。
そ、そうですか?このカードあまり見かけないタイプですし……先程、少し変わった方法でお会計をされていたようなので、てっきり
平静を装って接近するつもりが、全く想像していなかった方向からのインパクトで取り乱してしまう。彼女は俺の発言の意図を汲み取ったようで小さく困ったような顔をする。
ええ。私、人間ではありませんので
は……?君は……
お仕事は何をされてらっしゃるんですか?情報窃取なんかを生業にしている方では、ございませんでしょう?
何者だ、と訊こうとしたところで、逆に何者だと割り込まれた。聞くな、ということだろうか。その割には答えづらい質問をぶつけてくる。意外とシビアな性格をしているのかもしれない。自分が人間ではないと安易に明かしたりするのもおかしい、つまり俺の副業を見透かしていたのだろう。
な、何のことだか……
と言いつつ、態とらしく半ば認めたと両手を上げる。彼女が脱法的な存在であればお互い様だ。
……君の情報は盗っていないよ、誓って。ただ、見ていただけ
勿論そうでしょう。私の所有者の情報に不正にアクセスなさったら、そんな冗談をおっしゃる状況ではなくなっていますから。あ、ナチュラルコーヒーですね、私もここのお店のコーヒーはお気に入りなんです
にっこりと笑う穏やかな声色と麗しい容姿が、まるでオーラのごとく彼女の周囲に漂っている。言葉とは裏腹に、佳人麗人の類だが決して冷ややかなばかりではなく人を取り込むような気安い緩さも見える。
しかし。支払いの手続きから予測するに、彼女は法的には人間ではなく商品か器物として存在している。彼女の「人間ではない」という冗談めいた発言も、そうであれば整合性があった。彼女が法律上人間ではなく仮に動産であるのならば、彼女を所有している者が別に存在するのは想像に難くないし、そうであれば彼女の脅し文句には真実味がある。しっかりと警告を刺してきたのも、彼女がただのカオの良いお嬢様では無いことを物語っていた。
一旦、嘘はやめておくことにした。
えっ、と……本業は傭兵なんだ、限定戦争の。一応は両腕のあるバーチャロイドに乗ってる
まあ、両腕!それでは立派な戦果を上げて活躍してらっしゃるんですね
正規軍属じゃないから、全武装の機体を企業から支給されているのではなくって、金払って自分で無理に用意しているだけだよ。両腕とも武器がついてるったって、張り子の虎さ。
それでも、フルスペックのバーチャロイドをご自分で購入できる位には活躍されているってことでしょう?凄いですわ。
このコーヒーを生まれて初めて飲む位には、稼いでるよ
そうまで言われると面映ゆいものだが……随分と詳しい。確かに企業の正規所属なら、両腕ともに武装が備わった機体が支給されるのは、それなりの成績のあるやつだけだ。俺みたいな派遣傭兵の機体は自分で用意するしかない一方で、金さえ用意できれば戦果や所属に関わらずフル武装も用意できる。尤も、フル武装が用意できるような金は相当の腕がなければ稼げないという点では一緒だが。
それなりに生き延びて生業にしている程度には腕に自信はあるが、それでも俺の可処分所得は天然コーヒーを渋る程度のものだ。
しかし、詳しいね。限定戦争観戦が趣味で?
ああ、いえ、私もパイロットなんです
パイロット?君が?
意外ですか?
そう、意外だった。見た目がこれほどに整った人物がバーチャロイドのパイロットを生業にしているなど、フィクションか何かの世界の話だと思わされる。
悪戯にからかうような笑顔が、こんな寂れたレンタリアには場違いに眩しい。
正直、意外だな。その……あんまり戦争行為に向いてるようには見えなくて
向いているかどうかは、外見からではわからないものですよ
そうだな、確かに。
リンナの言動とエンジェランの機体を口語に思い出しては苦笑いしてしまう。認めざるを得ない。
とんでもないものに触っちまったな
私、ゼミニ、といいます。傭兵同士、よろしくお願いします、ナンパ師さん
傭兵だって?せめてどっかの大企業の正規兵だって言ってくれないと、スラッシングで頭がすり減りそうだ。俺はアレックス。ナンパをしたわけでは……いや、結果的にそうなっちまったけど
私が人権レスだって、あんまり吹聴しないでくださいよ?
地雷は踏んじまったが、それくらいの分別はあるよ。降参だ
では、私が1本先取ということで
といって、するりと俺のいるボックス席に腰を下ろした。怜悧な顔の割に人懐っこいのに驚いてしまう。それとも実は俺の情報窃取をとっ捕まえに来た警察か、と疑いもしたが「インターポールはいちいちスリなんか捕まえに来ませんよ、こんな場末のレンタリアまで」と笑った。違いない。
パイロットってことは、このレンタリアで?
はい。明日からの戦闘興行に派遣傭兵として参加します。あー……
といって、周囲を見渡す女性、いやゼミニと名乗っていたか。体を捻って後ろを振り返るだけで、長い髪の青さが目を引く。誰かに手を降って手招きして、そしてやってきたのは小さい女の子だった。
ショートカットで、活発そうな印象だが、見た目から活発かそうじゃないかを判断することさえ気が引けるような、幼い容姿。友人、と言うには年が離れているし、親族と言うには外見に齟齬がある。栗毛髪に黒い瞳は、ゼミニとは実際には血の繋がりが無いことを示していた。義体化が無いか、少なくとも着衣状態では分からない程度に少ないらしい。外見カムフラージュもないから、本当に生身なのかも知れなかった。
トレイに自分の飲み物を載せてやってきた彼女は開口一番。
なに、こいつ
な……
いきなり面食らってしまった。幼い子どもの無遠慮さといえば納得せざるを得ないが、それにしたってあんまりな物言いである。
こらハツネ。初対面の人にこいつなんて言ってはいけませんよ。
姉貴こそ、初対面の人にくっついてっちゃ駄目だろ
それが、この方に、弱みを握られてしまいましてぇ……
「「ハァ?!」」人権レスってバレちゃいました
いや待って、先手で情報開示したのは君の方じゃ
なんだ。姉貴がナンパしたのか。災難だったな、アンタ
えっ
年端もない子供の見た目通りのように見える。なんだ、といいながらも俺に向かって警戒心をむき出しにし、噛みつきそうな目つきで睨みつけながら、ゼミニの横に座った。
えっ、俺、ナンパされてたの?
何を頼んだんです?
バナナ生チョコレートバニラホイップフラペチーノ
相変わらず甘党ですね
高級品をしれっと……
コーヒーだけじゃなく、バナナにせよチョコレートにせよ、この店では安価な人工飲料も扱っているが、ナチュラルコーヒー然り確かな天然物を使ったメニューもある。そしてバカ高い。姉妹揃ってこんな店で躊躇なく高級品を頼むのだから、見た目通りの存在でないことは明らかだ。
妹のハツネです
姉貴に手ぇだすなよ。誰にでも声かけてホイホイ付いてくのは姉貴の癖なんだ。つけ入ったらぶっ殺すからな
……気を付けるよ
10代前半くらいだろうか;ぶっ殺す、という言葉が微笑ましく感じるくらいに幼気な女の子だが、目つきだけは本当に人でも殺しそうなくらい鋭い。いや、俺にだけ向けた警戒かも知れない;その悪い目つきがゼミニに向くことはなかった。
えーと、妹さん?
本当の姉妹ではないのですが、本当の家族だと思っています。可愛いんですよぉ、ハツネ
も、もー、子供扱いしないでってばぁ
はいはい
明日はもう戦闘なんだから、あんまりウロウロするなよ。姉貴このレンタリア初めてなんだからさあ。あたしは前に来たことあるけど、土煙が結構高く舞うから背の低い機体はそれだけで不利だ
えっ、君もパイロットなの?
あ?何だよ、悪い?
この子も人権レスなのだろうか。同じ所有者に抱えられているのだとすれば、姉妹という言葉の意味は通る。きっと、そうなのだろう。いちいち聞くことではない。
いや、そんなことはないけど、まあ、お姉さんよりは納得感あるな
どういう意味さぁ?
ゼミニより一回り若いようだが、同じオーナーに飼われているということか。見た目にはほとんど共通点がなく、強いて言うなれば、カオがいいことが通じている。幼ければそれだけで可愛い、という枠には収まらない、整った造型をしている。幼気を残したまま早熟な雰囲気をしていて、そのアンバランスさがコケティッシュでさえある。目つきが悪いだけで……いや、目つきが悪く口も悪く、ただ竹を割ったような気質が逆に、人好みしそうでもあった。ゼミニとハツネが並んで座れば、ここが辺鄙な島嶼レンタリアでなく普通程度に人通りのある場所ならば、あっという間にスカウト広告に囲まれることだろう。
君達は、その、マシン・チャイルドなのか?
違うよ、そんな上等なもんじゃない。
俺もまあまあ長いこと傭兵をやっていて傭兵にもいろんなやつがいることは認めるが、正直、彼女たちは他の傭兵とは毛色が違いすぎる。傭兵業界の住人とは考え難い部分があった。ゼミニであれば大企業の正規兵と言われれば首を捻りながらも飲み込むことができたかも知れないが、ハツネは年齢的に企業コンプライアンス的に採用出来ないだろう。まるで夜の酒場で深酔いしたおっさんが吹いて回るホラの中にしかいないような存在だ。
それ以上の深入りはするな、という気配が伝わってきて、慌てて話題を変える。だが、それも上手くいかなかった。
二人は何に乗ってるんだ?俺は―
あの
ゼミニが割って入った。
やめませんか。明日、同陣営ならすぐに分かることですし、別陣営なら……知らない方が良いですから
……ああ、そうだな
こうして話したことさえ、明日の夜には過去になっているのかも知れないのだ。そんなことばかりで、俺の(というか傭兵の殆どの)感覚は麻痺している。彼女達は特殊な出自故にもしかしたらそうした慣れが無いのかも知れなかった。
一度バーチャロイドに乗ってしまえば、交戦したとしてもパイロットの素顔など知るところではない。
武器は人の持つ暴力性から体格差を奪い、弓は暴力から距離を奪った。銃は人から殺傷技術の高度さを奪い、無人機は戦争から人の顔を剥がした。そうして人格を失った戦争は限定戦争という商品となり、限定戦争におけるバーチャロイド同士の戦闘にはエンターテイメント性と同時にそうした非人格性が求められる。一方で、それを密接にしたいというプリミティブな好事家がいることも、視聴率が稼げるという認知がある程度には、知られている。俺の中で、その不気味な予感が首をもたげていた。
この二人は、普通のパイロットにしては、余りにも……出来すぎている。
俺は今回、傭兵として参戦する以外にサブミッションを抱えていてね。とある商品のレビューを依頼されているんだ。それを使って戦果を上げることで、小銭を稼ごうってわけでね。久しぶりに割がいい仕事だもんで、気が大きくなっちまった。それでこのコーヒーってわけさ
ふぅん。契約上は問題ないんだろうけど、セコいことするなあ
俺の契約料なんて高が知れてるんだよ、本来ならこんなところで飲める様な稼ぎじゃない。
なんだ。随分冴えないエースパイロットだなと思ってたら、エースでもなんでもないのか
悪かったな、冴えない雑魚兵卒でさ。しかし、ゼミニとハツネがロッテなら、きっといいコンビネーションができるんだろう。固定相方ってのはそれだけで心強い
リンナは固定相方というわけではない;行く先行く先で高確率で遭遇するから、利害が合致して組むことが多いにすぎない。それでも、一度以上組んだことがある相手と全く知らない同士とでは動きやすさがまるで違うのだ。姉妹ほども気心の知れた相手なら、それは訓練された兵士と同じかそれ以上の「武器」になる。
ったりめーよ。姉貴とあたしが組んだら無敵だって
ロッテ希望が通れば、の話ですけどね
限定戦争では、参戦者が多かったりマッチングに興行性無しとみなされた場合に限って、稀にシャッフルを採用しているケースがある。ほとんどないケースだし、仮にそうしたレギュレーションでもロッテつまりツインリンク先機体の希望を出して外れたことはない。レギュレーション観点で言えば、今回の戦線もそうした類の戦線だった。
てかさ、なぁんで姉貴を呼び捨てにしてンだよ。あと〝ちゃん〟ってなんだよ、馴れ馴れしいな!今日初対面の人間に向かって礼儀がなってねーんじゃねーの?
こらハツネ。私達、人間じゃないんですから
……笑っていいのかこれ
閑話休題。
しばらく会話を交わした後、彼女達は用事があるとかで俺より先に店を出ていった。俺こそ、明日戦争にでるというのに暢気なものだ。傭兵なんてそんなものだが。
折角高級な店で高級品を頼んだんだから、粘れるだけ粘ろうなんて、高級さからはほど遠い根性でもう少し残ることにした。別にこの店でやることなんてないのだが。情報窃取はしばらく懲りた。
せめてもの時間活用にと自分に向けて苦しい言い訳をして、明日の戦線のレギュレーションや参戦情報を再確認する。……なんと開戦前日に情報開示があった。直前まで伏せられていたと言うより、伏せていたのに隠しきれずに公開した、という感じの発表だ。
新開示情報は、参戦者の一部情報。その内容は確かに、鮮烈だった。
ガラヤカが出るのか?道理で、あんな片田舎のショボいレンタリアにしては景気がいいわけだ
リリース当初は怪談じみた出来事や人命を伴う事故が相次いだガラヤカだが、後期型では制御不能なリバース・コンバート現象は報告されていない。安価で安定したVディスクが使用され、変態的なフォルムの姿は控えめにリファインされた。武装も信頼感のある既製品に置換されて単純に兵器として高い価値を持った機体に変貌を遂げている。それでも、かつての少女趣味な面影はしっかりと感じられ、初期型中期型に比べればメディア露出も多いためファンは多い。兵器としてのコストパフォーマンスはお世辞にも良くはないが、視聴率と周辺経済効果によって評価される限定戦争においては、コスパはいいが無味乾燥な戦闘を招きがちな一部のバーチャロイドより遥かに大きな利益をもたらすと言われている。―一介の兵隊でしかない俺には関係のないことだが。
後期型か。だが、戦闘用にチューンされていたって、ガラヤカはガラヤカだ
ガラヤカの参戦には混乱が伴う。ガラヤカ(に限らず、幾つかのバーチャロイド・アーキタイプ)の参戦によってもたらされる混乱とはこうだ、即ち;ガラヤカが参戦する戦闘は、ガラヤカが純粋に兵器として投入されているのか、娯楽として参加させられているのかが掴みづらいということ。兵力投入されているのに「娯楽」と読めば優れた装備により損害を被るし、戦力とみなして必要以上の損傷を与えれば超法規的なゲームマスター達から理不尽な損害賠償請求まであり得る。しかしそのどちらであるのかを予め公表することは、戦時放送国際法から禁止されていた。あとは、対峙してみて出たとこ勝負の勘頼みとなる。
これが開戦前日に出し渋って開示された情報:作為を感じる。関わるとろくなことがない奴に違いなかった。
混戦レギュレーションにヒットクロックは含まれてないのは珍しいな……。ただ好都合だ、ガラヤカと鉢合わせたら逃げを決め込ませてもらおう、仮に娯楽用だったとしても、俺は興味ないし……
多対多レギュレーションは混戦故の混沌さがあるが、ガチ逃げで参戦マネーだけを浚う傭兵がいるのでヒットクロックが採用されていることが多い。だが、今回の戦線はレギュレーション仕様書を何度読み直してもヒットクロックの記述はなかった。ただし打撃判定報酬と撃破判定報酬が高い、それで膠着を抑制したいらしい。
言ってしまえば、ゲームに対してではなく、命に露骨に値段が付いている。悍ましい限定戦争の側面だが、俺とてその商圏に与しているのだ、生活のためとはいえ忸怩たる思いがないでもない。単に、麻痺しているだけで。
誰もが同じ。命を人質に取られて、倫理と道徳を捨てて尊厳を競売にかける。あらゆる価値は数値として均質化され、神のいない宗教への信奉を強いられる。命さえその実体を不要化され、自律分散プログラムで置換されつつある。ゼミニ達のような生身の本物の人間にも拘らず法的に人間ではない者がいる一方で、肉体を捨て電脳上のプログラムが人権IDを獲得している者がいる。汎ゆるモノは価値により兌換性を得、商取引可能な商品として認められる。命も、思想も、感情さえも、売買できる。これは、誰もが同じ、誰もが受け入れいている。核がある特殊な悪ではない、これは遍在し無核の一般的な悪に過ぎないのだ。
更新情報はガラヤカの参戦についてのみでそれ以上はなかった。俺はディスプレイを閉じて冷めたコーヒーに口を付ける。別に、旨くない。
昼間のあの子達……パイロットだって言っていたな。支払いのときに使ってた認証情報も偽造だったし、人権レスだと言っていた
製品搭載AIが見せる疑似人格にも見えなかった。物理コーヒーどころか天然物を飲んでいたのが彼女がバーチャルではなくエンティティであることの証拠だ。腑に落ちないが、認証が通ったということは、彼女達自身が言っていた通り彼女達の偽造人権IDを人間としてではなく家電か何かとしてしかしその活動を担保する何者かが、背後にいるということだ。ゼミニが義手であったことは、その運用に都合がいいのかもしれない。彼女達が「義体という動産に手と頭と胴と足が従物として付属している」扱いになっているのなら、使用していたプロトコルの不自然さにも技術的な理由はつく;法的な説明はつかないが。ハツネも、何らかの解釈上の動産として存在しているのだろう。
ガラヤカが参戦するという情報が、不自然な認証プロトコルと人間ではないという発言の背後にチラついた。
……商品……玩具人格
玩具人格は、人権を持たない愛玩用動物としての人間である。実際には何ら変哲のないただの人間だが、人権IDを持っておらず動産として扱われる。勿論人間を「物的に所有」するなどとんでもないことなのだが、現実として人権を持たない人間は存在している。代表的なものが、生まれたときから人権を持たない人工素体だが、これは一応「個人での所有」を禁じられている。一方の玩具人格は、何らかの理由で人権IDを失った「元人間」だ。借金のカタに取られたであるとか、第二の人生を歩むために捨てたであるとか、理由は様々だが、人権IDは異動が許されていないため、存在そのものが違法となる。偽造人権IDを裏から担保する以外にも超法規的なケースを含めてあらゆる面でバカほど金がかかる筈だが、それでもこの世界には、決して少なくない玩具人格が存在している。この世界には、そうした人権喪失者の身分を買い上げ偽造人権を担保することを厭わない経済規模の上位階級の富豪が存在し、そうした富豪の下で、一部の玩具人格は更に金を生む商品となっている。
彼女達は恐らく、玩具人格の方だろう。
それぞれの玩具人格がどのような商品価値を持ちどのように利益を上げるかは、所有者のやり方や玩具人格の素地によるが、その一つとして「限定戦争への参加」がある。「女性型バーチャロイドが撃破される姿と、そこから引きずり出される女性パイロットの様子、そしてその後」へ大枚を叩くことを厭わない、暇を持て余した超富裕層向けの常軌を逸したポルノ商材としての運用だ。法的にも危ない上、需給の市場が極めて狭いにも拘らず動く金額が尋常ではないことから、そうして玩具人格を使い潰すケースが後を絶たないらしい―というのは極端な話で、公的には存在が確認されていない。陰謀論や都市伝説、怪談や安ゴシップの類の話だ。実際にはもっと様々なケースがあると言われている。
存在は不可視で、純粋にファイトマネーを稼ぐ傭兵として運用する所有者もいるし、女性型バーチャロイドがばったばったとイカツいメカを薙ぎ倒す爽快映像で閲覧数を稼ぐプロモーターもいるだろう。企業軍属が人権レスの人間を運用あるいは製造したマシン・チャイルドをしてブラックオプスを実行させているなどという噂まである。そもそも、歌手や俳優としてアイドル的な人気を博す映像的存在の中には人権を持っていないものもいるらしく、くだらないゴシップ記事としてよくネットを賑わせている。今や人権IDなどアカウントの一つでしかない、というのは若者の間で一つのムーブメントになっているようだ(俺には信じ難い世界だが)。
それでも仮に。彼女達がガラヤカに乗って明日の戦線に参加するというのであれば、それは……極端な例であるように思われた。
ガラヤカに、乗っているのか……ゼミニ、ハツネ……
誰かテーブルの外の奴が喋っている。喧しくて、俺が話したい相手の声が聞こえない。声を張って会話を成立させようとすると、それは外野から見た俺も同じで、外のボリュームは競り合うように上がる。そんなことがこの店内のテーブル全てで起こっていて、店内は騒々しい等と生易しい言葉では形容しきれないほどの喧騒で満たされている。アルコールが入っていればこうした競い合いなんて日常茶飯事で、こんな場末のレンタリアでの傭兵で日銭を稼ぐ奴らのたまり場とは往々にしてこんなものだ。
昼間のコーヒーは美味かったが、俺にはこっちの方が似合いだ。
おい。明日から戦線開始なんだぞ。深酒して遅れてきたらブン殴るからな?
わかってる、大丈夫だって。機体メンテは昼にやった、異常なしだ。ディスクの妙な共振も、一時的にギャップを緩めて抑え込んでる
操縦桿じゃなくて肝臓の心配してるんだよ。昔ほど酒に強くねえくせに、酒の好みばっかりやかましくなりやがって。
こちとら自分の懐事情くらいは把握しているつもりだ;そんなに保たねえよ、もう小一時間したら引き上げるさ。そんなに心配なら付き合えよ。
……最後に払わせるつもりじゃないだろうな?
ここは先払いだ。
そうかよ。あ、ネエちゃん。エタローズをロックと、えんナト。信用払で。
相変わらずひでえ頼み方、それ初手かよ
お前がそれ呑み終わるまでの付き合いぶんだけだ、一杯で終わりだろ
アルバイトらしきフロア嬢が、グラス酒と肴の小皿を持ってきた。薄く赤みがかっているのは、人工薔薇エキスを使った酒の、着色料だ。その見た目の綺麗さと裏腹に割り物で割るほどのキツイ度数、ロックで頼むなんてリンナくらいじゃないのか。添えられているのは白く透明な粒子の粉末……食感も味もなく単なるしょっぱい粉末で、だが飲んでいる酒で口の中が単調になったときに舐めれば口直しになって次の一口に進める、無限飲酒ループ用の粉体肴だ。白い薬品だが、勿論合法だ。
そう言って一杯で終わった試しが無いだろう、おっと、俺はもう持ち合わせがないから本当に終わりだからな。
人をウワバミみたいに言うな
お前がエンジェランって、つくづくキャラが合ってねえよな。サッチェル・マウス機体の方が絶対合ってるって。
搭乗機を似合う似合わないで選ぶなんて馬鹿なことをするわけがないだろ、適性上の理由で乗っているだけだ;仕事なんだぞ。そもそも、エンジェランは私やお前みたいな中間層以下が趣味で使えるような安価な機体じゃない
えっ、あれサブスク機じゃないのか。結構頻繁にロッテ組んでるのに、知らなかったな。案外少女趣味でわざわざフレッシュ・リフォーに重課金して使ってんのかと思ってた。
ふざけるな。あの慰撫は戦友の形見なんだよ、オーナー名は今も彼女の名前のままだ。適正値が高いのは、彼女の魂のおかげだと思っている。
魂なんて、売り買いできるのかね。
……生者側の気持ちの問題だ;そうと信ずれば、買い戻せるのさ、何だってな。そうとでも思ってないとやってらんねえよ
作り物を隠せない尖った薔薇の香りに、灼くほど強いアルコール。花に刃と毒を混乗せたようなグラスの中で、氷が細く鳴いた。リンナにはエンジェランなんかよりこっちの方が似合いだが、こいつのエンジェランの腕は、確かだ。ミッションや戦線によって違うが、基本的に慰撫系に乗っている。他のエンジェランタイプよりも対偶の法杖のエネルギー効率が高くアグレッシブに動けるから、とのことだが、尚のことエンジェラン向きの思考ではないように感じる。しかし確かに回避タンクとして申し分ない上に、取るときにはエンジェランらしからぬ攻め方でしっかり戦果を上げている。もともとテムジンで前衛でも張っていたんじゃないのか。とにかく、お互いに傭兵としてよく顔を合わせる程度には生き延びているのだから、信頼せざるを得ない。
まあ、キャラが合ってねえってだけで、お前のエンジェランの腕は信用してるよ。お前なら安心して背中を預けられるってもんだ。
そ、そうか。なら、いい。
こないだ、相手機体の実存力を根こそぎ吸い取ったのはお前らしかったけどな、堕天使って感じがして!
あれはお前があらぬ被弾を繰り返して場を冷めさせたから一か八かでやっただけだ!あのままポイント判定負けなんて食らった日にゃ戦争出資者から大目玉食だったんだぞ、わかってんのか!?
反省してまーす
こンの……
なんだ、その話は。初耳だぞ。
明日の戦闘興行にガラヤカタイプが参戦するという情報、ゼミニの発言と奇妙な認証のことを総合的に鑑みれば、この想像が一定以上正しいだろうことは確信できていたが不確定な情報であることに変わりはない。それをリンナに話す必要は、敢えて言うのならば、なかった。それでも話しておきたかったのは、玩具人格あるいは人工素体ではないという一点を除いては、リンナも同じ状況だからだ。
つまり、フォルムに人気のある女性型バーチャロイドを駆る、女性パイロットという事実。
初耳も何も、正確な情報なんて一つもない;全部、俺の主観と想像だ。だが、万が一ってこともある。もしガラヤカと同じチームになったら、徹底的に逃げろ。お前は狐として登録されていないかも知れないが……条件は満たしちまってる
俺が言うと、リンナは酒を一気に煽ってグラスの底でテーブルを鳴らす。もともと切れ長の鋭い目が、据わったように色を変えているのがわかった。
ふん、全員氷漬けにしてやればいいんだろう?下劣な男共を凍死させる雪女だ、絵になるじゃないか。配信映像が売れれば戦争出資者も文句は言うまい?
〝商品〟抱えてる上にお前とロッテ希望を出しているんだ、同じ分隊になったときに巻き込まれる俺の身にもなってくれ。俺の機体はアファTDに手を加えた機体だが今は武器がミサイルじゃねえ。あの〝商品〟は後ろから一撃狙うに申し分はなさそうだが、お世辞にも複数相手からの放置に強い方には思えない。
やはり、伝えるべきではなかったか?いや、情報がない状態では後手に回りかねない。こんな状態でも、警戒心はあるに越したことはないだろう。戦闘中に、そう簡単に冷静さ失う奴でもない。
珍しく弱気じゃないか
お前がそんな強情なのも珍しいだろ。やっぱり気に食わないか、そういう商売ってのは
当たり前だ。そんなクソ番組だとわかってれば参戦しなかった、いっそ破綻させてやりたい。
それには同意だが、俺達じゃどうしようもねえ。
そんな番組に新商品を投入する企業の気がしれないが……おそらくはこの商品の開発企業と、戦争興行をその手の番組に仕立てている企業は、別物だ。利害のすり合わせもしていないだろう。マージナル絡みの興行はいつもそんなものだ;細かいところで雑。
だが、無頼と自由を信条にしているようなところがあるマージナルの主催であればの逃げ場はある。実力さえ伴い、利益さえ確保できるのなら、商戦国際法に対して緩いという点だ。なんとか、リンナをこの番組に関わらせずに済ませたい。……できれば、ゼミニも。
その〝商品〟の詳細スペックを、後で私に送っておいてくれ。戦闘の参考にする。
わかったよ。ただ、無理はすんなよ
……どうだかな
番組はおそらく〝商品〟のコマーシャルとして使われるだろう、であれば、〝商品〟のベネフィットの一定割合は番組制作側にフィー算入される。なんとかこの〝商品〟の価値を高く見せ、可能なら即売に結びつけられたりできれば、商品開発企業・番組制作企業、どちらにも都合がいい。途中退場や同士討ちであっても、交渉次第で目溢しを得られるかも知れない。
だが、これはあくまでも「追加のオプション」だ。無駄に難易度が上がるようなミッションプランを立てて失敗、すなわち戦死を貰おうものなら目も当てられない。恐らく傭兵歴が短くはないリンナとてそれは承知の上だろう。
それと
ああ
その女……なんて言ったか
ゼミニ?ハツネ?
ああ、そのゼミニとか言う女、お前の何なんだ?
何って、別に。ただ街で偶然知り合っただけだよ。それが、こんなことになるなんて思ってはいなかったが……
何故そこまで肩入れする
肩入れって、別にしてないだろ。これは、お前が巻き込まれて欲しくないから言ってんだよ
どこか見透かされたようで、肝が冷えた。だが、この話はゼミニを救出したい等といった意図ではなく、リンナに警戒を促すためのものだったことに偽りはない。
俺が下手を踏まないための布石でもある。別にあの姉妹に特別な思い入れがあるわけじゃねえ。ことと次第によっては……見捨てる可能性はある
本当に見捨てられるか、問われないことを祈った:即答する自信がない。俺の返答に僅かなラグがあったことをリンナは見逃さず、何かを言いたげに唇を解きかけた。がすぐに結わい直す。詰問を溶かした溜息を抜く。
済まない。少し……酔ったらしい
構わねえよ、リンナの心配は、尤もだ
リンナの諫言?があってから戦線を引っ込めたが、結果としてはVOXのミサイル数発ですごすご引き下がることになった。ヒットクロックシステムが非活性なのが幸いして、まともな交戦なく引き下がったことにペナルティはなかったが、敵の情報も獲得していない。精々VOX系中心の構成ということが判った程度だ。
殿を務めていた部隊長のライデンD型が退却ポイントに戻るなり回線を開いた。
隘地に長居は無用だ、ナパームの餌食だからな。すぐに移動する。プラン通り西から02高地の外郭を回って側面を突く
こっちの到着がバレてるのに側面攻撃なんて奇襲にもなりゃしねえ。地形から察するに、真正面から仕掛ける以外は02高地廻りか08平地廻りのどっちかしか無い。開けた方から行くバカはいねえ、だとするともう絶対伏せられてるだろ。行く意味あんのか?逆にやべえんじゃねえの?どうぞ
03高地からは01凹地から02高地の様子が見通せそうだ。分隊Bは03高地に火力支援陣地を設営するのと同時に、状況を連絡しろ
分隊Bロッテ1、了解
分隊Bロッテ2、了解
予定通りの作戦を告げられる。分隊Cロッテ1が言う通り、敵の到来が知られてしまった以上側面攻撃は不意打ちとしては機能しない。だとすると、むしろ〝商品〟を以て遠隔火力支援をする俺(リンナのエンジェランも同様だろう)の存在の方が側面攻撃の意味合いが強い。
よし、動け
分隊長の指示の下、分隊は02高地の麓を回る組と03高地の中腹に潜伏する二手に分かれた。
特殊な兵装も備えていない巨大ロボで隠密行動もあったものではないが、一応は地形に身を潜めながら高地の中腹を目指す。ポジションそのものは崖がちで身を隠すのに不自由はしなさそうだが、道中がそうとは限らない。高度マップを確認しながら、敵陣地からの視線が通らないよう慎重に足を進める。
分隊Bロッテ2、こちら分隊Bロッテ1だ。敵との遭遇を想定して俺が先行する。エンジェランよりはアファームドの方がマシだろう。送れ
分隊Bロッテ2了解。無理はするな。レスキュー竜なんか送りたくないからな
わかっている
素直に03高地の中腹が取れるだろうか。同じように03高地から支援を送りたい敵の別働隊がいる可能性が高い、そうなれば俺とリンナの、支援向き機体同士での遭遇戦になる。
山道を行く中腹で遭遇などすれば乱戦は間違いないが、高低差のある地形では正直なところ敵に遭遇したくはない。俺のアファームドTDは、今はミサイルは取り外され光学兵器を搭載していて障害物には滅法弱いし、エンジェランも支援型の割には案外に高低差に弱い。とはいえ、敵もこの高地を取ろうとする場合は火力支援陣地な筈で、大規模に配置されていない限りは支援タイプのバーチャロイドな筈だ;優位があるとすれば、中近距離でのアファームドの瞬発力とガンランチャーの取り回しだろう。
……敵が、いると思うか?
あ?
と。リンナが秘匿通信を入れてきた。しかも、奇妙なことを言う。
どういう意味だ?この高地は遠隔火力支援のポジションとしては、妨害さえ入らなければ絶好だと思うが
つい通常通信で返事をしたが、応答はない。俺も渋々秘匿通信チャネルに切り替えた。分隊チャネルからも切り離された通信を多用するのは、経験上あまり良くない:味方からの信用に関わるからだ。経験が浅いわけでもないリンナだって、それは重々承知なはずだ。
相手は本当にまともな戦闘をしたがっているのか、という意味だ。お前の言っていた〝裏の意味の興行〟が本当だとすれば、一刻も早く狐にありつきたいものだろう。こんなところにいれば、出遅れる
……まだ、本当にそうだと決まったわけじゃねえ。それにいくらこれが狐狩りだったとしても、狐は狐なりに抵抗する。ガラヤカだろうが、フェイ・イェンだろうがエンジェランだろうが、戦争に出るつもりで準備をしているんだ、そう容易い相手ではないだろう。ちゃんと戦術を組み立てなければ、逆に噛み殺される。
出来レースなんじゃないのか。ターゲットのバーチャロイドには、何か仕掛けがされているとか
レギュレーション的には違反だ。
気にする連中か?
わからん
しばらくの、沈黙。
男の俺でさえ辟易とする話だ、女のリンナには余計に気分の悪い話だろう。しばし、言葉もなく黙々と目標地点へ進行を続けた。勾配はきついが岩がちな土壌はしっかりしているらしく足場は悪くない。気にするのは敵陣地からの発見回避だけだ。途中、〝商品〟の状態を確認したりもする;問題はなさそうだ。
幸いにも敵とは遭遇しないまま、目標地点まで後少しというところまで来た。本隊は少々遅れているらしいが、タイミングの前後で言えば俺達が先に到着する方が都合がいい。改めて高度マップを展開し、目標地点まで視線を遮り続けるルートが続いているのを確認した。配置は、問題ない。それよりも、位置についたときに危惧通り既に迎撃体制が取られていないかが気掛かりだった。もしそうなっていれば、恐らくは俺達からの遠距離攻撃が先制になるだろう。あんまり担当したい立場ではなかった。
アレックスのところには、狩の話は来ていないのか。お前だって、その、男だろう
誓って、来てねえよ。多分一部の連中だけだ。ウチの本隊の中にも、知ってるやつと知らないやつがいるんだろう。俺が知らないってことは、相手の部隊にもそれを知らない奴がいるってことだ。そんなマヌケが、こんなところで火力支援とかやらされるんだろうな。
私も、それに含まれるか
どこまで法遵守の倫理があるのか無いのかわからんが、一応、狩が成立するのはターゲットに人権が無いことが前提だ。そうでなけりゃ、戦争犯罪確定だからな。リンナは別に人権レスってわけじゃないだろう。ターゲットは決まっていて……もしかしたら本人たちはそれを知っているのかも知れない
そんな馬鹿な話があるか、そうなると判っていて戦線参加するなんて
俺は裏世界の話なんか知らねえし、そういう女性達がどういうマインドなのかは想像もつかないが……もしかしたらそれが商売なのかも知れない
深い溜息が聞こえた。それはしかし、嫌悪感というよりは……何かを諦めたり、呆れ果てたときのような。続く言葉は、意外なものだった。
魂でさえ買い戻せると信じるなら、体なんて安いものか
……やめてくれよ、マジで
ふん、自分の体が売り物になるなんざ、思っちゃいない。
どう答えりゃいいってんだよ:俺は黙るしかなかった。
あいつらは、どうした
あいつら?
ゼミニとかいう女だよ
分からない。分隊は違うが、ガラヤカ機ペアで自軍にいるいたのは確かだ。だが、通信可能範囲にいない
03高地の向こうに配置されたか
多分そうだろう
傭兵のブリーフィングは映像と音声のみで簡便に行われるのが慣例だ。一部の物好きを除いて、ブリーフィングルームに実際に足を運ぶ者は多くない。
ブリーフィングの映像で見かけたが……あれは間違いなく玩具人格だ。
間違いなくって、なんか特徴があるのか?
出来すぎてるんだよ。姉妹揃ってアイドルかって顔体してる、あんなのが本当に戦闘参加を目的に傭兵をやっているわけがない;実際に会ったんならお前の方がわかるだろう。
そういうもんか。俺は素直にいい女だと思ったっきりだった
ああ、そうかよ
わざと聞かせるような溜息が、聞こえてきた。
他に女性型バーチャロイドは……敵軍にフェイ・イェンのブルーハートがいるな……パイロットも女性名だ
クソが
言っとくが、狐がどの機体なのか伏せられている以上は、リンナもその可能性があると見られてるんだぞ
私を襲うって?ハっ、おとといきやがれってんだ。全員氷詰めにして軌道外に放り出してやる
本当に遭遇したときに相手がリンナ機にその可能性を見出して仕掛けてきたとしたら、面倒だ。退却というのは言うより遥かに難しいのだから。
もし、織り込み済みの撮影前提で戦線参画しているのなら、仕掛けてこない相手を深追いはしないかも知れない。判っている相手に適度にやられて、安全なうちにそういうシチュに移行したほうが手っ取り早いからだ。実際、関係者感ではそうした手筈になっているかも知れない。……そうであることを、祈る。
面倒な作戦に参加しちまったもんだ。こりゃあ、この〝商品〟をより高そうに見せて、多めに貰わねえと割に合わないな
そろそろ、目標地点だ。
……結局、敵とは遭遇しなかったな
リンナの想像が良い方に外れていてくれたことを祈る
全くだ
結局目標地点に到達するまで遭遇戦はなかった。安堵とともに別方向への緊張感が高まる中で、身を隠すのに使える岩崖を探る。この高地自体は高さがあるが、この箇所での地形の凹凸は比較的穏やかだ。レーザーユニットの片方だけを出す形で半身を隠せる丁度いい地形が見つかった。ここから照射角度を調整できる範囲で戦闘が行われることを祈りたいが、そればかりは本当に神頼みになる;そんな高度な統制が取れた部隊ではない。
火力支援をするのにはもってこいの地形だな
ああ。この凹凸程度なら竜を送るのにも丁度いい。相手がVOX系主体の部隊というのだけが厄介だが
ここなら陣地転換先もある程度確保できる。妥当な線だろう。
VOXが他のバーチャロイドと大きく異なるのは間接照準射撃を豊富に持つ点だ。1対1あるいは2対2の近距離マッチバトルでは用いられることは少ないが、こうした中広域戦闘戦線ではミサイルタイプのVOX系統がほぼ独占のシェアと圧倒的な優位性を持つ。指揮官機に至ってはバーチャロイドにも拘らずCDSまで搭載しているケースが有る。ミサイルタイプのVOX機体が、リング上の戦闘として放映される番組では貧弱であるにも拘らず生産数を維持し続けているのは、アダックスがミサイル系VOX機の本来的な兵器としての立場を理解し、限定戦争用機体としての期待値を過大視しておらず、そしてそれが正しいからだ。
そういう点では、光学兵器を搭載した今の俺のアファームドは相手の火力支援よりも劣るシチュエーションにある。こちらが高地にいることが唯一の優位に過ぎない。
どうだ、見えるか
偵察用Joeならセンサーユニットを飛ばせるんだが、生憎今日は商品のお守りだ
物好きな機体のアカウント持ってるんだなお前……
混戦系の戦線ばっか行ってるからな。マッチバトルはあんまり向いてねえ
お前こそキャラに機体が合ってないじゃないか
普段のミサイルユニットよりも固定砲台的な立場になることは想定済みで、カメラもFCSも可能な限りそちらに寄せてきた。それこそトランスヴァールとアダックスの間に技術提携があるおかげで、偵察用Joeから流用できるパーツもあり、無理矢理にでもそれをつけてきている。それでもリンナの言う通り偵察用JoeというキワモノとアファームドTDの間に適合するケースは少なく、積んでこれたベトロニクスも〝商品〟が求める性能を満たしているとは言い難い。可能な限りのセンシングと分析を費やし、幸い相手の動きを判別する程度には解像度が得られた。
相手は想像通り、ミサイルタイプのVOX中心だな。こっちは傭兵揃いでバランスなんか無い構成なのに、向こうは随分整ってるじゃねえか。01凹地にはアファームドTBタイプが2、フェイ・イェンが1機……あのシルエットはブルハだな。残りは、03高地にDan、Dan、Mariko……げっ、Tetsuoがいるぞ
商品の売り文句としては拠点強襲用とのことだが、実際Tetsuoは拠点防衛に置かれたほうが手堅い。現場の運用は実際にはそうなっていた。Marikoも、それに恐らく配置されているUーtaも、火星戦線での軍閥化マージナルの対策に提供された治安維持用の機体で、DNAとmRNAが牽制し合いながら共同で出資生産したせいで性能が微妙だが、こうして役割を明確にして配置されると厄介極まりない。
04平地方面の自軍と通信ができないところを見るとトランスヴァールの機体がいそうだが……見えないな。光学迷彩、こうなると厄介だ
VOX中心の構成だからUーtaだろうか。完全に防戦構成だ。向こうの奴らと通信が出来ない以上、高地にいない敵機の所在もわからないってことか
03高地は高度的には優位だが、奥側の04平地も接した多正面陣地だ。ガラヤカ……いや、ゼミニ達は、恐らく04平地を主戦場とする向こう側に配置されていて、ここからではジャミングによって通信さえ覚束ない。他正面を強いる優位を活かしたいが、連携が取れない。加えて、ここから見える03高地に確認できない部隊がどこにいるのか把握できない。04平地方面の自軍が交戦中なのか、自軍が全く把握していないのか……俺達の背後にいるのか、情報の手札が削られるのはキツイ。
凹地に見えたっていうブルハは狐だと思うか?
わからねえ。だが、前衛機が奇数というのが腑に落ちない。どれか1機はツインリンクできていないんじゃないのか
リンナが舌打ちした;そう。そういうことだ。第三世代バーチャロイドはツインリンクシステムが機能していない限り下手をすると通常兵器で対抗されかねないほど脆弱だ。出来レースの、匂いがする。
敵にも味方にも〝興行〟を目的にした奴がいると言ったな?
可能性を言っただけだ;俺は内情なんか知らねえ。
それは信用するが……だとしたら、あっちの戦場はめちゃくちゃになるぞ
俺がGOを出す手筈になってんだよ……プレッシャーで死にそうだぜ
秘匿通信を閉じて、部隊回線を開く。
こちら分隊Bロッテ1。分隊A、応答願う
こちら分隊Aロッテ1。送れ。
陣地設営を終えた。ここから確認する限り、想像通りVOX主体の部隊だ。
俺は、視認できる敵機部隊の構成を伝えると同時に通信障害についても確認し、概ね同じ認識を得た。状況の理解に問題はなさそうだが、奇妙なことがある。
だが……相手部隊は、戦闘態勢にない。罠にしても、物理的な配置から言って相手が優位をひっくり返す仕掛けがあるとは思えない。バラバラに突っ立って警戒していない。先制攻撃のチャンスだ。仕掛けるか?
リンナの悪い予感を後押しするようなシチュエーション。相手はそもそもまともに戦闘などする気がないのだ。そして、そのことを知っている人間が、恐らく自陣内にもいる。
この高地から見えるのは、いや、見極めなければならないのは、誰が本当の敵か、だった。
と、作戦行動の本筋から外れていたところで、突然ナパームの爆音が聞こえた。見ると、自軍のアファームドが既に仕掛けている。一機だけが突出したわけではなく、他の機体も同時に戦線を上げている。向こう側の現地判断で、勝手に始めたらしい。
なっ……作戦はどうなってんだ、俺の情報でタイミングを図るんじゃなかったのかよ?
相手が無防備だとわかれば、それ以上の情報はいらなかったってことだろう
03高地の敵構成がまだ判ってないってのに
死にたいんだろう、クソっ
俺とリンナは、攻撃スタンバイのまま一旦身を隠す。この高地からの一撃で始めるつもりだった奇襲だが、いきなり乱戦では狙えるものも狙えない。
こちら分隊Bロッテ1。おい!どういうつもりだいきなりおっぱじめやがって!
分隊Cロッテ2だ。敵に気取られた可能性があって、急遽こちらから仕掛けた。火力支援、頼むぞ
ちっ、ふざけろよ
一度はタイミングを委ねられたとはいえこちらは傍流、本隊には分隊長がいて向こうの動きが指揮の本線だ。指揮系統的にはこちらが従うしか無い。だが、これで面倒になった。こんな混乱をあえて選ぶ必要があるだろうか?
戦闘を急いでるのは、狩があるからかも知れないな
ああ。ブルハの交戦相手は?
アファJCだ、近接合戦になってる。今のところ……仕込みは見えないが
細身の少女にグレートソード、堪んねえな
きめえんだよッ!
牽制のトンファービームを投射して即座に横へダッシュ、そしてバーティカルターンで軸をずらしたまま、じわりと距離を詰めるアファームド。対するフェイ・イェンはその場で小刻みにブーストを付加してトンファービームをいなし、大剣を横に薙いでウェーブで素直な接近を拒否。そのまま前方向へダッシュして、L字に距離を測ろうとするアファームドの後を取る様にアプローチする。
互いに罵り合いながら格闘戦にもつれ込むアファームドJCとフェイ・イェンBH。
良い混戦具合だが……敵機じゃあどうしようもない。フラッギングなんかできねえ
……
不服そうに黙り込んだリンナの氷竜と有翼氷礫が、こちらの位置を悟らせぬよう大きく迂回する形で敵陣へ向かう。不規則かつ高誘導なエンジェランの魔法攻撃は敵陣を大いに混乱させている。10/80advと交戦しているアファームドが、横軸から刺さろうとする氷魔法とのクロスを警戒して、攻め手が明らかに緩んだ。
援護助かるぜ。すげえ動きやすい、さすがエンジェランだ
竜も卵もアクティブホーミングではない、そこまで到達した後はこちらでは制御できないから上手くやってくれ。陣地欺瞞のために弾道も大回りに変更している、次弾以降の到達も少し遅い
了解
これがフェアマッチならこうした遠隔火力支援に費やした枠は前衛の人手不足として現れるのだが、このタイプの多対多混戦では1機が担う責任が小さくなる分、そうとは限らない。一方で支援火力が指揮官を食う可能性はその存在だけで警戒心を抱かせる。
しかし、それは相手も同じだ。
Danのホーミングミサイル;直接照準で、6!
ろ、6ぅ!?おっかねえ!!
落ち着け!ボムを途切れさせるな、丁寧に立ち回れ。根性回避に持ち込まれたら負けるぞ
敵襲を察したVOX群がわらわらと迂回会敵ポイントに向かい、遠距離から怒涛のミサイル雨を降らせる。発射音に続いて推進剤煙が無数の軌跡を描き、着弾あるいは他の爆発によって相殺される度に轟音が響く。ミサイルVOX特有の大型ミサイルだけではなく、左右アームのボックスミサイルランチャーから放たれる半誘導ロケットも十分に脅威だ。多対多戦線では、そして往々にして現れがちなVOXばかりの部隊を前にしたとき、必ず受けるキネティック弾頭類の洗礼。部隊長の叫ぶ通り、適切に落ち着いて対応しなければ追われるばかりになってジリ貧になる。
DANと支援合戦になったら手が足りない。少しでもヘイトを買う、体晒すぞ。
了解だ。氷竜はミサイル機のクラウドコントロールに回す。
リンナが状況を見て支援スタンスを変更した。竜を後衛に向かわせ、発射時に足場の安定を必要とするミサイルランチャーを抑制するつもりだ。一方で、対偶の杖からの大型弾を前衛に送っていた。氷雪魔法を使うエンジェランには珍しく熱系爆風を伴う攻撃は、直接火力というよりも相手への心理的圧迫が大きいだろう。マッチバトルでは直接一撃当てるのも重要だが、多対多の戦闘はそうとは限らない。エンジェランの攻撃はその特性上、低消費で長時間複数の敵の攻撃を抑制する。これは想像以上に有効だ。だというのに。
ちっ、遠すぎる。やはりこの距離は性に合わん、前ビを狙えない
エンジェラン乗りの発言じゃねえんだよ……
横から飛んできた氷の塊が着弾点で突然炎熱と化すのを目の当たりにして、敵がこちらの火力支援陣地に気づいた。Tetsuoの巨大な砲身が、こちらに向く。
やっぱお前がこっち向くかよ……!
直接照準は針の穴だ、怖がるな
怖がっちゃいねえがよ
しかし、狐狩どころじゃねえな……案外心配いらないんじゃないのか
だといいがな
一方の俺は〝商品〟以外に射程のある武器の用意がない。とにかく一発、光学兵器の一刺しを食らわせないことには埒が明かなかった。
ライデン系伝統のレーザー兵装である大型レーザーユニット。第三世代バーチャロイドでは安定生産ラインを獲得したことでその伝説的な商標「バイナリーロータス」を冠することはなくなったが、基本的な原理は何も変わっていない。有り体に言えば、とにかく高密度に多数並べたレーザーユニットを光フェイズドアレイ式に扱うことでSBS閾値に制限されない高出力を実現するものだ。並列数を稼ぐためにレーザーユニットを並べた部位を照射直前に広く展開する姿が蓮の花の開花のように見えることから洒落たつもりでそう名付けたのだろうが、哀れバイナリーロータスを艦載砲として開発した企業は超高級バーチャロイドの代名詞となった晴れ姿を見ること無く倒産した。スピングル・ボックやシュタイン・ボックに搭載されていたものも、そしてこの〝商品〟も、その廉価なクローンに他ならない
〝商品〟を使え。援護はする
慰撫じゃ鏡もねえのに?
鏡はないが、体はある
そういうの嫌いじゃねえけど、エンジェラン乗りのセリフじゃねえんだってばよ!
DMSを操作しFCS直結の高反応テレスコピックサイトを眼前に展開して敵味方の交戦ライン付近を睨む。隙を見せれば一刺し出来ることはわかっているが、ミスは許されない。隠し玉に近い以上は初弾が物を言う。高倍率スコープ特有の過敏なブレが、緊張感を煽った。光学兵器には反動がなくゼロインも弾速の考慮も風の配慮もほぼ不要とはいえ、一定程度の距離を離れれば照射器自体のコンディションや射線上の空気の状態やチリの浮遊によってはそれなりのブレが生じる。バーチャロイドという二脚しか無い不安定な土台のトップに搭載していることも百発百中とはいかない要因たり得る。スコープ以上に信用できるものはないが、スコープが必ず命中させてくれるわけでもない。だからこそ火器としてのレーザーは誤差を吸収するアソビとして一定程度の太さを確保しているが、太さ故に誤射の可能性も生じてしまう。
超長射程で敵を睨みながら、しかし俺の勘は〝商品〟を使うのは今じゃないといっている。高く跳躍して、ミサイルマン達の注意を引いた。アファームドTDであれば、ここからDAN同様の大型ミサイルが定番だが、生憎今の俺にはそれはない。なら。
こいつだ、よっ!
頂点で転身、敵に背を向け更に腰部ブースト。天地が返ったところで、空中にふわり、時限信管でボムを設置する。目標は正確でなくて構わない、ミサイルマン達がいる辺りならどこでも。そしてアファームドの特徴たる瞬発力の源泉、爆発的な推進力を誇る脚部ブーストで加速したオーバーヘッドキックで、スーパー・ボムを凹地に向けて蹴り飛ばした。ちょうど超信地旋回で何かを狙おうとしているTetsuoがいる、そこだ!
蹴り飛ばされたボムは遥か凹地へ飛び、僅かな追尾性能が働き敵と味方の間の空間に転がった。そして起爆。
どむ、と衝撃波を伴う大きな爆音が響く。普段の手投げボムとは違う大出力ボムは、この距離で使える数少ない兵装だ。当たれば御の字、当たらずとも敵の注目を引きヘイトを買うのには十分。
丁度敵味を分断する位置で爆発したそれは、目眩ましと対射撃障壁となって味方を援護する。驚きに足を止めればエンジェランの氷魔法がそれを食うこともわかっている敵は、横を警戒しながら回避行動を取る。瞬発力のあるアファームド系は、だがすぐに体制を持ち直して前線を張り直す。10/80adv或いはこちらのアファームドが僅かばかりでもアドバンテージを得ることを祈る。
一方、眼の前に大爆発を落とされたTetsuoは警戒心をむき出しにすることと、当然ながら火力支援合戦には圧倒的な自信があるらしい、腕のミサイルランチャーで前を援護しながら肩の大型キャノンだけをこちらに向けて牽制する。2発✕3連の、超音速ミサイルが空中で無防備の俺に牙を向いた。
アレク、バカヤろう!Tetsuoのミサイルを舐めるな!
あの距離ならアファームドの空中制動でも、ギリかわせる
オーバーヘッドキックから体勢を戻し横方向一杯へスラスターを噴かすと、ギリギリのところをミサイルが通り抜ける。余裕をこいたが正直、空中ではなく着地硬直を狙われたら危なかった。
Tetsuoのヘイトは買ってる。そっちの弾幕が緩む、突破できるか?援護はする。
やらいでか!
10/80advが、器用に方針転換しながらボムを投げ、ブリッツセイバーでミサイルを切り捨てながら奥に入り込む。
テンパチでって、まじかよ、あいつ実はすげえんじゃねえのか……
感心してる場合か、遅れるな!ミサイル野郎には接近戦って相場が決まってる!
アファームドJAが10/80advを援護する形で前に躍り出る。それを阻止しようと敵方のアファームドTBとMarikoが濃密なナパームで射線を遮りその中を突っ切ってアファTBが距離を詰めた。アファJAとTBはほとんど機体性能に違いがない、横槍を気にしながら牽制を垂れ流すお見合い膠着に陥り10/80advの援護どころではなくなった。
くっ。型落ち、無理すんな!ミサの手数で押されるぞ
わあって、らっ
被弾一つが命取りの10/80advの立ち回りはひたすらに回避と相殺に重きを置いており、結果として回避タンクとして敵の目を引き付ける。前を張る敵のアファTB2機さえ剥がせれば一気につき崩せるようにみえた。
こちら分隊Bロッテ1。〝商品〟を使いたいがFFは避けたい、戦線を前後に振ってくれ。下がった時に追って前に出た奴を焼く。
前に出ようって時に面倒を言うじゃねえか……!
毒吐きながら分隊長のライデンDは、少々心許ないレブナントSで敵機を牽制しつつ奥のMarikoに向けてバックスパイダーを仕掛け、後退姿勢をみせる。ネットを回避したMarikoがその特徴的な垂れ流しミサイルとナパームでの中距離援護を止めて引っ込み、誘い出されたアファームドTBが突出した。
光学兵器用らしく何の偏差もゼロイン調整もされていない、安直だがこれ以上の信頼性のないレティクルの中心に、ターゲットが触れる。
今だ!
いつもならミサイルに祈るように押すハットスイッチを、一撃入魂の思いで押し込んだ。
Tetsuoからのミサイルから潜む形で半身だけを崖から出したハーフキャンセルのレーザーが、アファームドの側面を照らす。瞬間、超加熱されたアファームドの装甲表面が蒸発し、衝撃波が発生した。遅れて響く乾いた音はレーザー照射面から発生した衝撃波の仮の姿だ。
マイザー系や世代落ちのバーチャロイドに対しては直ちに機体構造を熔失させ、アファームドほどの中重装甲に対しても照射面に直接ダメージを与えつつ照射面の急激な構造変質による衝撃波がより深部へダメージを伝える。高性能だったことで名高い第二世代バーチャロイドに搭載されていたV・アーマーがあればともかく、その庇護もない第三世代バーチャロイドでは超高出力レーザー兵器の照射ダメージを軽減する手段など無い。
狙ったとおりにレーザー照射が通り被弾したアファームドTBは、機体側面を大きく損傷し衝撃波により転倒する。転倒、否、照射を受けた右半身の装甲表面は融解し深部にもダメージは浸透しているだろう、左腕の武器を振り回すことはできるだろうが、バーチャロイドとしての戦闘力は失ったと言って過言はない。
一撃必殺、なるほどその売り文句は間違いない;それ自体は、それこそライデン以外にもシュタイン・ボックのレーザーユニットにだって付いていたわけだが。
こちらからの支援火力が、遅延到達な氷魔法とアファームドTDからのキネティックなミサイルと見込んでいた敵陣営は泡を食ったように警戒し始めた。ここに更に1機ライデンがいるとでも思っているだろう。
ひゅう、と口笛を吹く音が聞こえた「いい撮れ高だったんじゃないか、ここからは遠慮なく援護してくれていいぜ」。味方のアファームドが陽気に茶化す。
出し惜しみをしていたつもりはないんだがな。何にせよ前衛マイナス1だ、押し込めるか?
注文していいなら……そのままTetsuoの目を引いといてくれ
Tetsuoの囮は私が引き受ける。アレク、〝商品〟のクールダウンは?
チャージ遅っ、継戦能力なさすぎだろ。後30秒ってところだ
そいつはクーリングオフだな
同感だが、今のはオフレコにしとくぜ
ハーフキャンセル、つまり消費エネルギーを半分程度に抑えた照射からですらこれだ。この調子ではそもそも照射ユニットの寿命も長くはなさそうだ。
俺の背負っていた〝商品〟の成果もあって、戦闘局面は一応の優勢で決着しようとしている。TetsuoやMarikoが率いるミサイル系VOX部隊は02高地へ引き上げていった。しかし、依然として通信障害は継続しており、やはりトランスヴァール製の妨害機体が一緒に行動していることはほぼ確実だ。
削り合いから想定外の一撃で突如前衛を1機失った敵部隊は、一時的に戦線を下げる。勝敗が決した訳では無いが、体制を立て直すと言ったところだろう。こちらの手の内は知れてしまった、高地からの支援の手数は敵のほうが濃密で、対称戦をすれば長期的に不利が浮かびかねない。
初見殺しで当たったが、次からはこうはいかないだろう
ブルハはどうなってる
なんでもない会話の間に、リンナが秘匿回線の通信を挟み込んでくる。よほど狐狩のことが気掛かりらしい。同じ女性だからなのか、俺と違って本来の作戦を蔑ろにしてでも女性型機体の行方を気に掛ける。自身も条件を満たしているということは、どうやら頭から抜け落ちているようだった。
あれは……
どうしたアレク
戦闘があったのか?相手が戦線を下げてからは交戦情報は
狐が、狩られた
なに?
望遠カメラで見るとブルーハートの持つ特徴的な実体剣「強者の盲信」は痛ましく折れていた。それを握っていた左手は失われており、右手は力なく折れた剣を掴み直そうと伸ばされたまま止まっている。ミニスカートを模した腰部バーニアの装甲は砕け、断面は機関部がむき出しになっていた。砕けたミニスカート型の推進力増幅器の下からは脚部関節の境目、人間で言うところの鼠径部が露わになっている。フェイ・イェンタイプの象徴たる胸部ソーラクスパーツは光沢を残したまま割れ砕け、素体骨格の描くなだらかな曲線が千切れて毛羽立った金属組織に痛々しく抱かれていた。何より致命傷になったのだろう損傷は、右脚部の損失だ。右足ふくらはぎ以下が、失われており、立位機動が不能になったのだろう。人間らしいフォルムの痛々しさに拍車をかけていた。
撮影ドローンは破損部を中心に、横臥するフェイ・イェンの破損したスカートから頭部までが入る低い望遠画角でそれを撮影していた。そうだ、これは、撮影。
恐らくはこのブルーハートが撃破したのだろう、マイザーは元々薄い装甲をバッサリとやられて機体そのものが危うく二つに分離しかけている。Ageは特徴的に平たいフォルムから袈裟懸けに装甲に亀裂が入り、左肩のパーツから左腕を使用不能にしている。フェイ・イェンは堂々二機と渡り合って、敗れたのだろう。そう、信じたかった。
不可解なのは、ブルハの右脚部を中心とした損傷内容にミサイルの破片と爆発の熱変質のようなものが含まれている点だ。こちら側に、キネティックなミサイル或いは熱系化学攻撃を備えた機体はいただろうか。
横たわるフェイ・イェンBHの砕けたソーラクス部分が剥ぎ取られ、コックピットハッチはロック機関部を爆砕されていた。男の一人がその中から白い腕を力任せに引き上げる。幼気の残る女の声が、聞こえた。
とっとと出ろ、小娘
まともな戦争するのかと思ってたのに、てめえら、ぜってえ赦さねえ……
この期に及んで威勢がいいガキだ。だが、悪くない
大破したブルーハートのコックピットから引き摺り出されていたのは、年端もいかない少女:恐らくハツネとそう変わらないだろう。搭乗機体の破損を反映したように、パイロットの少女も負傷している。流血はもとより、パイロットスーツも破れて怪我を負った肌が露出していた。
犯されるくらいなら、テメエらの内一人、刺し違えてでもブッ殺してやる……うぐっ!
人聞きが悪いなあ、嬢ちゃん。お前もわかってて、稼げる高収入案件に潜り込んだんだろう。
戦争規定に法った上での話だ、フラッギングが認められるわけじゃねえだろ!
おいおい。人権レスの人工素体が、いっちょ前に戦争規定を読み上げてるぜ。生憎、お前はその適用外だよ:玩具人格。
バニラみたいな甘い匂いだ。人工素体の血がいい匂いだってのは、本当だったんだな!ふへへ……もっと殴りたくなってくるぜ。ところで、人工素体のガキってのは、初っ血も甘ぇのかな
敵味問わぬ他の機体のパイロットたちが引きずり出された少年兵を取り囲んでいる。負傷者の救助に来たとは到底思えぬ男達の様子に、少女は血を流しながら気丈に怒鳴りつける。幼い外見に不似合な拳銃を取り出したことにも驚いた。
男の一人が少女を容赦なく殴りつけ、拳銃を持つ手を掴み腕を折らんばかりに捻る。殴られ力なく打ちのめされる少女は、起き上がり噛みつかんばかりに抵抗して見せた。だが傷付き痛む体で抵抗し暴れる少女を、男共は更にもう数度殴りつける。やがて少女の抵抗はなくなった。無抵抗になった小さな女の子に、執拗に暴力を加えて続ける男達。
やがて少女は掠れた声で泣き小さく縮こまり震えるしか出来なくなっていた。その少女を掴み上げて、男どもは彼女を戦闘区画外へ連れ出す。少女を囲む男達を更に遠巻きに飛び交う撮影ドローン群。撮影のために戦線を離脱する者は、自軍敵軍双方から出ていた。
フラッギング?
……アレク、ログを見てみろ
ログ?
リンナに言われて、戦闘ログを流す。戦闘に関わる膨大な情報を対象に、フェイ・イェンの周辺情報で抽出をかける。出力された文字列の一つに、想像していたが想像したくない事実が描き出されていた。
>Dannyがフェイ・イェンWithBHを撃破しました。Dannyって、向こうの機体じゃ
卑劣な……まだ年端もない子供じゃないか!
ゼミニが秘匿通信の回線内で声を荒げる。
間違いない、彼女はこの興業の商品、獲物なのだ。彼女を撃破しその「ご褒美」を奪い取ろうと、奴らは別の戦闘をしたのだ。その戦闘では、俺達が興じている戦争局面での敵味方の線引は、意味を持たない。狐を狩るための招待状を送られた者達は、ある意味ではルールに則り、ブルハを攻撃した。
美少女型戦闘バーチャロイドが衣装破れを喰らいながら巨大な剣を両手で構え戦い、破れ、痛々しく破壊されたその中から引きずり出され、戦闘区画外へ連れ出される少女。その末路をこの〝興行〟のステークホルダー達はよく知っている。戦争放映番組の視聴率、そしてそれと連動するように株価は加熱上昇していった。
あれを撃ってくれ、せめて撮影ドローンだけでも!
……まだクールダウン中だ
ヘンタイどもが……度し難いっ!
バーチャロイドで向かえばすぐの現場に向かおうとするリンナを、アファームドTDは無理矢理に引き止めた。
邪魔をするな!あんな、あんなのを認めるわけにはいかない!
俺達じゃどうしようもない。戦争出資者どもが、造反者をどうするか想像できるだろう
ステークホルダーの存在は多岐に渡り、そしてそれぞれこの〝興行〟の成功にヤマを張っている。それを崩そうとする者への抑止力機関も、用意されている筈だ。俺とリンナの二人だけで出ていったところで……恐らくリンナも同じ目に遭うだけだ。
今リンナが出ていけば、飛び入り参加の狐が増えるだけだ。奴らの臨時収入になりたいのか?
だが……っ、離せ!
慰撫の氷雪魔法推進エフェクトが、俺のアファTDの装甲を極度低温に晒し、破損させる。装甲が崩れ剥げ落ちて外郭構造が露出した。それでも慰撫を離す訳にはいかなかった。
堪えてくれ。お前があんな風になるのを見たくない。少なくとも彼女達は自分の立場を知っていてここに来たはずだ。でも、お前は違うだろう!
あの様子が、知ってて来ただって!?そんな馬鹿な話があって堪るか!!それじゃあ、これはまるで……まるで!
〝興行〟。そうだ、これはAV撮影みたいなものだ。俺達は、エキストラとして巻き込まれたんだ。
商売だって、言うのか、あんな痛々しい姿が
彼女達の事情は、俺達には何もわからない
何も出来ない。俺には、この構造に抵抗する力なんかない。巨大な構造の力、それが資本主義:その悪性進化を極めた姿がこの世界だ。
そもそも。殺す殺されるを売り買いしている俺達傭兵に、性の売り買いをとやかく言う筋合いなどあるのだろうか。命よりも尊厳、なんて崇高な価値観を振り回す権利を持っているのか。
アレクは、いいのかよ、こんなところで、そんな事を言っていて……!あのゼミニとかいう女だって、今頃は
リンナの方が心配だ。
っ……
こんな形で情に訴えるつもりなんてなかったが、それでリンナの気が少しだけでも衰えたのは幸いだったかも知れない。折しも分隊通信が開かれ、他人の声が挟まり水をさす。撮影の妨害をしようとするリンナの動きは、ひとまず収まった。
聞こえてきたのは、分隊長の声。
こちら分隊Aロッテ1。引き上げだ。次の局面の準備をしろ。味方部隊は大きな損耗を被ったが、それは相手も同じと見ている。敵VOX部隊が妙にやる気なさげだったのは、皆も感じているだろう。敵勢力の減耗は、それと比例すると予想している。戦力差はこちらに有利だろう。
損耗とは、撮影希望者が数名戦線を離脱したことを指しているだろう。これがそういう興行でなければ戦闘放棄として戦争出資者から損害賠償請求されるところだ。分隊長が狩のことを知っていたのか否かは判らないが、そうした興行があるということ自体は知っており、そしてこの戦闘がそれに該当することも認識したらしい。
聞けば、狐は先のブルーハート以外にも顕在化し、同様に戦闘離脱した者がいるとのこと。ゼミニ達のことかどうかは、わからなかった。
分隊Aロッテ2より、一言言わせてもらうわ。この戦闘にああした趣旨があったことを、私達は知らなかった。今ここに残ってくれている者もそうだろう。残ってくれて感謝する。次の局面でも〝被写体〟は混じっているだろう。次以降どうするかは、君達に任せるわ。以上。
狩のことを知らなかった、知っても参加を見送り戦線に残った者たちだけで、次以降の局面に入る。こちらはアファームドJC、とJA、景清林、テムジン747AとJaneが離脱した。はっきり言ってガタガタだ。残りはライデンD、スペシネフ罪、俺のアファームドTD、エンジェラン慰撫、10/80adv、アファームドTF。半数程度が狐と共に場外へ消えた。他に狐がどれくらいいるのか、その生存、敵の離脱機も、今は不明だ。
それに、ゼミニとハツネの動向も。
この局面はこれで終わりだ。次は、03高地の上の部隊とその向こうにいるかも知れない味方との戦闘に介入することになるだろう。……リンナ?
通信の向こうで、何かを蹴飛ばす音が聞こえた。
オーバーロード達やその大株主が、宇宙人の来襲だの地球圏の危機だの、因果律がなんだかんだとワケのわからない理想や正義を触れ回ろうと、やっていることは死の商人と同じだ。汎ゆる事物をバーチャロイド関連株に紐づけて商品化して戦争に送り込み、人間の魂にまで値札を付けて、売り買いすること。それが外宇宙だの並行因果からの侵略者を撃退するためだと言われたところで、売り買いされた魂が地球の生存に昇華されるわけではない。ただただ、弾丸として打ち出され、因果の地平に薬莢となって散るだけなのだ。
アレク
どうした
……この世界に、きれいな魂は、存在するのか?それは、幾らで取引されるんだ?
知らねえよ。売られていないだけなら高値がつくだろうが、存在しないものに値段なんかつかないだろ
俺も、リンナも、この場に残った誰一人として、この経済覇権主義のあり方をユートピアなんて思ってはいない。でも畢竟、それを受け入れいている。緩慢にそれを受け入れている。その悪を、認めている。
俺のアファームドTDが抱えていた〝商品〟の使用例映像は、殊の外高く売れた。達成評価も高く、開発企業とのパイプもできた。サブミッションは成功と言っていいだろう。こんな時でも、商談は進む。それを気分で蹴り飛ばす気にはなれなかった。
―きれいな魂なんてものは、この世界には存在しないだろう。
狐狩りのどさくさが、その事実を知る者の間で回収され、知らない者、参加するつもりのない者は次の戦局へ進むことになった。高地を避け迂回する形で一旦平地にいる自軍と合流するとのことで、移動中だ。急いで合流する必要もないが、敵の大部隊に遭遇する可能性は否定できない。不用意に合流を遅らせる必要はないとの判断で、通常速度での進軍を継続している。
偵察型の機体がいないクソ編成で、挙句の果てに半分が離脱した。敵も離脱しているなら構わないが、いかんせん情報がない。何の情報もない状態での遭遇戦はやりたくない。可能な対策は、できる限り戦力をまとめておくことだった。
向こうには、ゼミニとハツネが、いるかも知れない
狐でなければな
リンナの言葉は尤もだ。ブルハと同じように、向こうは向こうでおっぱじめているかも知れないのだ。ゼミニやハツネが狐ではないという情報は俺は持っていない。
暫く行くうちに、高台にいる通信ジャマーを装備したバーチャロイドによる通信妨害は薄まってきた。期待通り、この先にいる味方部隊と合流できそうだ。
こちら、分隊Bロッテ1だ、誰か、04平地に応答できるものはいるか、どうぞ
応答はない。もしかしたらまだ通信障害があるのかも知れない。
取り敢えず行ってみるしか無いな
分隊長に同意して、俺達は歩みを進める。
アレク。連絡されている通信チャネルはあっているのか。別のチャンネルでは受信レベルが出てる。送信は未だに妨害されているが……
なんだって?
見ると、確かに周波数を変え暗号化キーを別のものに切り替えると、受信レベルが触れるのがわかった。
何故、共有されていない?狐狩りのこともあって誰も信用できない。
このことは誰かに言ったか
いや
ありがとう。まだもうひと悶着ありそうだな。右の音声は取り敢えずこのチャンネルに合わせておくことにする。左は指示通り
オーケー。私もそうしよう。誰も、信用なんかできないからな
俺もか
できるって、言えるか?
言えねえわ
リンナが見つけた通信チャネルに合わせて見ると、確かに04平地の部隊と繋がっているように思えた。但し聞き専だ、こちらからの通信は届いていないらしい。
取り敢えず、04平地の部隊の容姿を知ることができるだけでも有り難いと、チャンネルを合わせたまま行軍を続けることにした。
あ、姉貴?
ハツネ、お仕事です。
え、なに?
通信を聞く限りハツネ機は回避したようが、ゼミニ機がハツネ機へ攻撃したように聞こえる。エネルギー反応の履歴表示もそれを裏付けている。何も応えないゼミニの態度も、それを物語っていた。
ゼミニは、プチ・プル・ニュィ~ン・バトンを、ハツネ機に向けて攻撃の意思を示す。誤射によるフレンドリーファイアではないとの宣言であると同時に、決闘の申し入れのように見えた。その意味を汲んだハツネは、逆にププルニュ・バトンを収めることで意思表示する。
は、話がちげえだろ、姉貴!私達は相手のチームに居るフェイ・イェンタイプとやり合って、それで―
御主人様は、それでは物足りないそうです。
……どういうことだよ
ハツネの声が震えていた。それは、この事態がうっすら頭の片隅のどこかに、否定しても拭っても消しきれぬ恐れとして残り続けていて、そしてそれが現実のものとなってしまったような、後悔とも失望とも嫌な予感の的中とも言える残酷に直面した彼女の、心境の表れだった。
私達姉妹同士で、戦って欲しいとのことです;それも、本気で。
そんなの、聞いてない。
負けた方が、殿方のお相手です。お互い、生きていれば、ですが。
幼女バーチャロイドと、パイロット姉妹の、デスマッチ。敗者には死か懲罰が待っている。戦闘行為も、戦争賭博も、その後のイベントも、戦争出資者がこの戦線に出資した商品だった。その舞台で出演者を演じるのが、俺達バーチャロイド部隊であり、彼女達のような玩具人格に他ならない。仕事、ゼミニの言うそれは、実態を正しく示している:たとえ不快な表現であったとしても。
嫌だ!
殿方のお相手は、私達玩具人格のお勤めです。ハツネ。
嫌なのは男の相手をすることじゃねえ!今まで生きてて舐めた泥の味に比べれば、男のモノを舐めるなんて屁でもねえよ!あたしが嫌なのは、姉貴とやり合うことだ!!
忘れたのですか。私達に、生きる道を選択する権利はありません。
そんなのって、ないだろ……作戦の内容、もう一回御主人様に確かめる
御主人様はセキュリティ上の問題から、あらゆる通信を遮断しています。独断での作戦の変更は認められません。ハツネ、受け入れなさい。
嫌なものは嫌だ、私は、やらねえ!
でしたら……私がハツネを、殺します
姉、貴……
実際、試合内容などはあまり価値を持たない。この映像を買う変態どもは、姉妹が互いに暴力を振るうという倒錯的な状況を買っているのだ。もし片方が戦意を持っておらず片方が一方的に殺傷することになろうとも、それはそれで、別の価値が生えて商品価値を持つ。売り先が変わるだけで、この商品が将来どの程度の価値になるかという先物的な大局は変わらない。だから、誰も、止めない。
ゼミニは躊躇無くハツネに向けてトリガーを引いた。バトンから高エネルギー弾が放たれ、ハツネ機を襲う。ハツネは回避し、次元振動ボムを使って次弾を相殺する。初手を回避したハツネに、ゼミニは攻撃を続ける。次元を断絶波までもを織り交ぜて攻め立てられ、いよいよハツネは大きく移動を伴う回避行動を取らざるを得なくなる。障害物を挟みカバーリングすることで、時間を稼ごうとする。時間を稼いでどうなるのか、説得が可能なのか、今は考えている余裕はなかった。
だが、その障害物の後ろ側に。
ッ!?
ゼミニの配置した爆雷があった。それが、容赦なく炸裂する。至近距離で、防御態勢になくもろに次元振動ボムの爆発を受けてしまったハツネ機は、大きく損傷した。表面の塗装は剥げおち、爆風に対する抵抗が高かったスカート分部は耐えきれずに一部が裂損して失われた。帽子のツバにも損害が出る。
っ〜〜!
本来、次元振動ボムは選択信管が組み込まれており、あらかじめ設定しておいた友軍信号の対象に向けては起爆しないようにできる。多人数デスマッチやタイマン形式のマッチバトルを除き、選択信管の友軍設定は必ず行われる。だが、このボムは起爆した。それは設置した時点で、既に友軍信号での起爆抑止が組み込まれていなかったということだ。この爆雷は、最初からハツネを攻撃する意図で配置されたものだった。
どう、して
先程も申しましたが、これは仕事です、ハツネ。仕事を選ぶ自由は玩具人格には与えられていません。
撮影用ドローンが、突然仲間割れを始めたガラヤカペアの撮影に集まってきた。撮れ高だ:幼女型バーチャロイドでの殺し合い。しょぼいレンタリアでのVOX系を主体にした部隊との地味な戦線より、明らかに稼げる。むしろ、狐狩りなり、怪しい新兵器の発表なり、幼女同士の殺し合いなり、今回の戦線は明らかに戦争の方が引き立て役のダシだった。背景で行われている戦闘状態を背景描写にして効果的に商売をするための、戦争はもはやただの商業催事スペースになっていた。
数多くのドローンが二人の戦闘状況を撮影し、それぞれの映像は即座に商品化され単位時間ごとに細分化されて放出されていた。視聴権限、放映権、所有権、いずれの権利も販売価格はうなぎ登りで、釣り上げられながら到底人間には不可能な速度で転売が繰り返される。
反撃してください、ハツネ
いやだ、姉貴……あたしは、攻撃できない……ずっと一緒にやってきたじゃん……
では、そのまま、終わってください
超高エネルギー充填弾を、妹の機体に向けて照準するゼミニ。
ゼミニの、妹を切り捨てる余りにも冷徹な言葉は、その声だけでも信じられない値段で取引された。
俺達はその現場に、間に合わなかった。恐らくは、戦争出資者達によって、間に合わないように絶妙に調整されていたのだろう。
俺達がようやく通信可能な距離まで近づいた頃には、既に姉妹仲は終焉を迎えていた。もっと早く来れていれば、止めることもできたかも知れないというのに。
ハツネのガラヤカはゼミニの苛烈な攻撃で片腕を失い、脚が折れかけ、装甲の殆どを剥ぎ取られて駆動部分が剥き出しになってダウンしている。バランサーの破損したハツネ機はなんとか起き上がり、動かぬ脚を引き摺るように駆動させている。だが損傷ゆえにダッシュとは思えぬほどの低速、ゼミニの追撃にもろに被弾する。次弾を跳躍で回避しようとするも高さも全く出ず、姿勢制御もままならぬ状態で空中で時空断裂波に被弾して墜落、再びダウンする。
ま、まて、ゼミニ!
あら、アレクさん、お疲れ様です。いかが致しました?
いかがって……君たちは、姉妹なんじゃないのか
バイザーの下に隠れた超硬水晶レンズのモノアイ、それを包み込む入り組んだ機械構造、鋼鉄の骨格と油圧シリンダの筋繊維、絡み合い剥き出しになった金属線の神経。攻撃で大きく破損し、空回りするモーター、漏れ出すオイル、放電発火明滅する千切れた電気系。可愛らしく装飾された元のガラヤカ機に備わっていた可愛い概念は、グロテスクに二次破壊された。
対し、スクラップ寸前のガラヤカを足蹴に仁王立つのもまた、ガラヤカ機である;ゼミニの操縦するガラヤカ機は、無傷。ハツネ機が抵抗しなかったことが覗える。
そうです。私達は同時期に購入されたという意味で、姉妹のようなものです。
そういう意味じゃない。本当の姉妹みたいに仲良くしていたじゃないか、この間だって―
私達はそういう商品なんです。戦争に加担し、勝てば生き残り、負ければ興行としてツブされる。戦闘行為で死ぬのと、変わりはありません。
横たわるハツネ機。制御はあるが駆動の死んだスクラップの人形は痙攣するように震え、失禁したように冷却水やオイルを流している。声はないが、不正な電圧を受けたコイルが悲鳴のような鳴き声を上げていた。折れたバトンは打ち転がり、反撃を諦めずにバトンを追いかけた腕は圧し折られてあらぬ方向へ曲がる。まだ動くか、と追い打つように、ゼミニ機はその細く小さな胴体部分を、パーシャル・コンバートによってスレッジハンマーのような鈍器へ形状変化させたバトンで、強打する。圧壊し、抉れ、吹き飛ぶ胴部パーツ。
現場に、早く現場に行かなければ、最悪の事態になる。
血が繋がっていない他人であれば殺して良いと?親兄弟は戦争になっても決して敵味方が引き裂かれたりはしないと?
そういうことじゃない、ただ
理屈ではわかっている:敵同士になった:血はつながっていない:玩具人格は商品である、だからって眼の前で起こっていることをそのまま「当然のことだ」と受け入れられるほど、俺は兵士ではない。
ゼミニも同じ様な感覚を持っていて、状況と刷り込みがそれを塗りつぶしているだけなのだと、その様な重荷を取り除けばきっと彼女も自ら修羅の道を歩むのを辞めたがるに違いないと……思い込んでいた。
そんなことまで、しなくてもいいだろう
興行の視聴率は爆発的に伸びていた。変態どもが、子ども同士の殺し合いという倒錯的な見世物をゼミニとハツネの戦闘に重ね合わせて、熱狂している。単時間放映権は暴騰し、それでも目まぐるしくその所有者を変え、視聴課金額は上がり続けるのに視聴率は下がらない。膨大な額の投げ銭が積み上がっている。こんな、グロテスクな戦闘に。
壊れたロボットの、痙攣じみた同一動作の繰り返し。その中に混じるほんの僅かの、逃げようという動作。ゼミニはそれにさえ打撃を加えてその脚を爆散させる。
……偉そうなことをおっしゃいますね、アレックスさん。高いV.ポジティブと操縦センス。あなたはその腕故に、殺すも殺さぬも自分で選び生きていけるとお思いなのでしょう。
通信こそ俺の方に向いているが、ゼミニの挙動はハツネ機へのトドメを構えている。ゼミニの声は、あの夜聞いた穏やかな彼女の声とは全く異なっていた。ハツネを本当の妹のように可愛がる、慈しみさえ感じる彼女の物腰からは全く別人にしか思えない。
その才能;あなたはこの戦争の一番いい席を買って、一番楽しんでいらっしゃる。ハツネの死に様を見てシゴいている奴らとそう変わりませんわ、良心ポルノで気持ちよくなっているのなら。
楽しんでなんか……ここをいい席だなんて思ったことはない!俺だって派遣傭兵なんかを仕事になんかしたいものか。俺は限定戦争だなんて呼び方は馬鹿げてると思っている。何が〝限定〟だ、商品価値があらゆる非道にも正当性を与えてしまう悪魔のイデオロギーの、どこにも正しさなんかない!
正しさ。はっ、あなたにとっては生温いこんな戦場では、高みの見物なんですよ。
そんなことはない、俺は
本当に死ぬか生きるかをベットして、しかも女としての尊厳も抱き合わせ販売するしかない私達のことなんて、お前には何も……見えちゃいないねえんだよ!
っ!
この通信障害が何を意味しているのか、それ自体はあまりにも日常茶飯事だった。通信障害のせいで、遠くの映像のテレキャストは出来ない。だが、ここからノイズまみれで遠くに見えるゼミニ機が、倒れたハツネ機に、パーシャル・コンバートによって剣のような形状に変形したバトンを突き刺しているのが見て取れる。紛れもなく、とどめを刺していた。
ハツネ機が動かなくなるのを確認し、更にもう一度念を押すように突き刺してから、再びバトンを鎌のような姿に戻す。
魔法少女然とした幼気なシルエットが、この残虐性を湛えた戦闘風景を描き出している;限定戦争の持つ倒錯した娯楽性の象徴だ。撮影ドローンはまるで屍肉に群がるハエのように集まり、映像を貪っている。それどころか、それを目的にした何機かのバーチャロイドまでが集まっていた。
妹は、ここでゲームオーバーです。消費し尽くされることでしょう。妹とその搭乗機体が性的スクラップになることで得られる収益は、この戦闘の出資者と私で、8:2に配分されます。
生き延びたより強い者が、死した者の遺志を継ぐということなのか?
遺志?そんなものはありません。生き残った者が可能性であるというだけです。
死んだ者には、それがないと言うのか
私には、私の生きる目的があります。自分の生きる理由が、他の誰の人生とも競合しないだなんて、とんだ夢物語ですわ。
カメラの向こうで、人型とは思えぬ無惨な姿になったガラヤカのコックピットが、群がる男達の手で抉じ開けられようとしている。幸いコックピット保護機構が機能しており、中のハツネもまだ意識があるらしい。コックピットハッチは今のところ固く閉じられたままだ。だがそれが開いたとき、ハツネに加えられる追い打ちを、容易に想像できた。
彼女は人間ではない。どの様な残虐な行為も器物への破損行為でしかなく、所有者の合意のもとであれば、何ら違法性を持たない。
俺は、耐えきれずに、カメラのズームをやめた。
私が生き残ったか、妹が生き残ったか、無限に分岐する宇の端の、些末な点に過ぎません。ここでは、私が生き残った。この世界で私は、まだやらなければならないことが残っておりますので。
やらなければならないこと?こんな非道をしてまで、やらなければならないことって、何だ!?
誰にだってございましょう、生きる意味というものが。私は人間ではありませんから、その様な言葉を使う権利はないのかも知れませんが。
ハツネ機の大破のタイミングからあまり間を置かずして、戦闘局面が決着した。ハツネ機が敵軍指揮官機だったとは思えず、試合終了直前に別の通信障害はなかった。タイムアップとポイントによる判定だろう。ならば……ハツネ機があの様な姿になる意味は、あったのか?姉妹仲を引き裂く意図は?どちらにしても勝敗は変わらなかったのではないか。
ご存知ですか?誰にも使われなくなった玩具人格もまた、行き先は同じなんですよ。アレクさん、これを差し上げます。
この戦闘の追加報酬として、カード型端末として縮退具現されたAI僚機情報が支給された。戦闘の度に臨時で数合わせに追加されるAI僚機ではない、高性能で信頼性の高く貨幣価値も信じられないほど高いカードAI僚機。俺も手にするのは初めてだ。そういった彼女の発言の意味は、これだった。カードの表面には俺の人権IDで暗号化された公開ID;彼女の「商品名」が刻んであった。傭兵としてのアカウントと、娼婦としてのアカウント、その両方が。
ネームドAIって……自動制御AIじゃ、なかったのかよ
私は人間ではありませんから、自動制御と意味は同じですわ。仮に私という主体が停止した後は、仰る通りにAIが操作を代わります。
そんな風に、自分を人間ではないみたいに、言うな。だから、妹のことさえ―
俺の言葉に彼女は、少し嘲るように息をついて、言い加える。
……そうかも知れませんね。ご利用をお待ちしておりますわ、アレクさん。
ゼミニが戦場を去り、残されたハツネ機はコックピットのハッチが抉じ開けられようとしていた。まるで砂糖菓子に群がる蟻のように、男達と撮影ドローンが、破損したガラヤカの周りで蠢いている。
アレク。私は今から、あの男達を撃ち殺し始めるかも知れない。また止めるか?
……止めるさ
自信はなかった。ブルハのパイロットがどうなったのか、俺は続報を聞いていない。知りたくもない。だが、同じことがまた目の前で起こっている。これは、織り込み済みの商業サービスだ。誰が、何処まで、契約に含んでいるのかは知らないが、ステークホルダーは存在し、それは俺達傭兵なんかから見れば超法規的な脱法正当化手段を持ち合わせていてこんなことをやっているのだ。俺達に、抗う術なんかない。だが、方法がない、という言い訳が何処まで通用するのか、そこまで使ってもいいものなのか、俺にはわからなかった。
魂の清廉さ、覇権資本主義が社会の根幹をなす現代でも、宗教家のような清廉な人間はいないではない。ただ、そうした思想は社会を混乱させときには内乱へつながる危険思想だとして、些細な行動から取締の対象となっていた。思想を取り締まることは禁じられているが、何らかの行動が思想のにじみ出たものだと判断されその行動が方に反している場合には、罪状は暗黙のうちに追加される。司法も商売なのだ、経済規模によっては或いは企業国家の規約によっては、判決を買い取ることもできる。地獄の沙汰も金次第、ここの世界は、まさに地獄だ。
無力だな
……お前ほどのV.ポジティブと腕があれば、もう少しものを言える場所に行けるんじゃないのか。派遣傭兵なんかやってなくても
何処までいけば、この世界を変えられるっていうんだ。上級市民にでも成り上がるか?奴らでさえ権力闘争に明け暮れて、勃興のゴシップ記事は後を絶たない。この世界で誰が、正義を担保してくれる。それを実行できる
私達人間は、もう終わった種なのかも知れないな。全員、視野が狭くて無気力過ぎる。善悪も醜美も生死さえも、その本質を忘れてしまった。金額の大小でしかモノを語れない。全人類、電脳世界にアカウントを作って移住し、誰かにサーバーのスイッチを切ってもらった方が幸せなのかも知れない
ハツネの言葉を思い出せば、ゼミニへの信頼の篤さが明らかだった。男に体を許すよりも、姉と喧嘩したくないなんて、どれほどの子が実践できるだろう。それをバッサリと裏切られた彼女の心情を考えると胸が苦しくなる。一方で、玩具人格という存在を救えるほど、俺の手は大きくもない。リンナだってそうだ。彼女達が所有者のもとでどのように扱われていたのかは俺には知る由もないが、同じかそれ以上の扱いを、俺には到底してやれない。俺にできるのは、野良猫を保健所に送るような感覚で人権レスの存在を法的機関に突き出すことだけだ。その後、人権レスの者がどうなるのかは、殆どの場合、野良猫と同じだ。
コックピットハッチは今のところ解放できていない。だが、抉じ開けられるのは時間の問題だろう。男達はいくらでも道具を持ってくることができる。いずれ、抉じ開けられて、ハツネは引きずり出される。その時に、死んでいればそれで終い。生きていれば……筆舌に尽くし難い。
昔は、神ってやつがいたらしい。こういう時に超常的な力で救ってくれたんだってよ。金も取らずに大したサービス業だ
神なら随分前に、それが原因で破産したよ。端からビジネスモデルが終わってた。
天使様を駆る人の言葉とは思えないな
こんなものはただの偶像だ、信心がなくったって操縦できる。それに、天使だって信心だって、ああ魂だって買収できるだろう、この世界では
ここでハツネが引きずり出されるのを見ているのも忍びないし、男達の目が偶にリンナに向くのが気に食わない。止められもしないのにここに留まるなんてそれこそ不道徳に過ぎる。再びアファームドのコックピットに入り、次の戦局に備えようとする。リンナも苦々しい表情で同じようにエンジェランに乗り込んだ。
次の戦局の場所は指定済みだった。戦闘がいつ生じるかはわからないが、夜戦は多くない。撮影しづらいからだ。であれば、一応の備えはしながら今日はもう営業終了だ。自軍の陣地に入れば、食事と寝床が案内されることだろう。
地図上でピンが打たれた地点へ、バーチャロイドを移動しようと通常モードで起動した、その時だった。
な、なんだ
こいつ、まだ起動するのか!?
くそっ、しったことか、バーチャロイドもってこい!動けないようにして抉じ開けてやる
外が騒がしい。ハツネのコックピットが開けられずに痺れを切らしているのだろうか。
おい、アレク。ハツネのガラヤカの様子が、おかしいぞ。あれって、システムダウンしてたよな?
ああ。ゼミニがとどめを刺してたし、ログにもそう……出力されているな
じゃあ、あれはなんだ
あれ、と言われた方を見ると、ガラヤカが立ち上がっている。到底立ち上がることなんか出来ない様な破損具合だったはずだが、どうなっているんだ。
何より、ガラヤカの様子はそれ以外にもおかしい。立っているように見えるが、何処かそうではないように……例えるなら……吊り上げられているだけのように見えたのだ。別に上にクレーンはない。周囲にいる男達が上に吹き飛ばされることも今のところはないように見える。
しかしガラヤカはそんな様子で起立しており、コックピットはきつく閉じられたままだった。ハツネが出てくる様子はない。そもそも、ハツネは本当に生きているのだろうか。中で重大な打撲など負って、既に……という可能性もある。
ハツネ。アレックスだ。もし通信ができるなら、応答してくれ
一縷の望みを書けて秘匿通信回線を開いたが応答はない。だが、ガラヤカは立ち上がっている。どういう状態なのかはわからないが、地に足はついているが半分宙に浮いて吊られているかのようにに直立の姿勢を保っている。
なんだ?操作無しで起動するバーチャロイドの保全機能でもあるのか?
なにか嫌な予感がする。アレク、感じないか。これ……
さっき言っていた、V.ポジティブ試験されているときみたいな感じってやつか?ああ、ビンビン感じてる
眼の前のハツネ機で何かが起こっている。ハツネの操作ではない、何事かが。
俺はアファームドのモードを通常モードから戦闘モードに切り替える。何が起こっても不思議じゃないような、胸騒ぎがした。俺のそれを見たリンナも戦闘モードに切り替える。周囲にいた、ハツネを犯すことしか考えていないクソ傭兵の何人かも、バーチャロイドに乗り込んで警戒していた。
なにが……
次の瞬間。
ガラヤカが、眩い光に包まれる。光に包まれた向こうにガラヤカのシルエットが見えた。その光の中の、小さな子供のようなシルエットが……変貌してく。
ロボットであることを忘れさせる艶めかしいほどの禍々しさで脈打ち蠢き、そしてその内側から、何か巨大なものが突き破って出てきている。光の膜は徐々に大きくなるが、その内側で脈打ち膨れ上がるガラヤカのシルエットはそれ以上の速度で何者かを生やし肥大化していった。やがて内側のガラヤカ〝だったもの〟が光の膜を、突き破る。
柔らかな両生類の卵を内側から這い出すように光の膜を破り、光膜の向こうから現れたのは、小柄なガラヤカの機体サイズに全く不一致、有り体に言えば巨大な、機体だった。
バーチャロイドとしては余りにも奇怪なリバース・コンバート。バーチャロイドとしては余りにも巨大で、禍々しいシルエット。
なんだ、あれ
初期型ガラヤカには、フェイ・イェンタイプのようなハイパー化機能があったらしい。不安定で、販売開始時には除去されていた。……という噂話は聞いたことがある
除去されたなら、あれは何なんだ。というか……リバース・コンバートの演出が、気持ち悪すぎないか。
人間製では、ないんだろう
初期型のガラヤカに噂されていた制御不能なバーチャロン現象;バイパー系列の機体に備わった意図的な暴走ではなく、意図せぬ計画外リバース・コンバートと、真の意味で制御不能な暴走。当時、事故機ガラヤカに一体何が起こっていたのか、事故の内容そのものが一部の内部関係者にしか共有されておらず徹底した情報封鎖が敷かれていた。語られる想像はゴシップめいた噂話ばかり;しかしその噂話いずれも、妙な引力を持ち、そして結末は化け物じみた巨大バーチャロイドの話一つに収斂する:即ち―
……ヤガランデ
バーチャロイドがある程度一定の規格に従ったサイズに揃っているのは、何も限定戦争におけるレギュレーションに従っているからではない。人の手で制御できるバーチャロン現象、リバース・コンバート技術の、それが物理空間的な限界だからだ。だが眼の前に現れた正体不明の機体のサイズは、常識的な規模を優に凌駕している;つまり、これは人の手による創造物では、ない。
ハツネ、君なのか?
ガラヤカのパイロット、その機体は制御できているのか?
正規傭兵機の誰かが、勇ましくもヤガランデと思しき機体に向かって問いかけている。光りに包まれた機体はハツネのガラヤカであったし、ゼミニが機体にとどめを刺したのも見ている。中のパイロットも生死こそ確認はできていないがあれでは恐らく、死んでいた。ブロードキャストもされていたのだから世界中の糞変態野郎が証人だ;あのガラヤカは大破していたし、パイロットのハツネも死んだ筈だ、応答など望むべくもない。だが、ならばあのバケモノは、何者なのだ。本当に、ヤガランデと呼ばれるその機体なのか?
問いかけられた巨大バーチャロイドがその言葉を解したのか、そうではなく単に音に反応したのかは定かではないが、その鈍く光るバイザーアイがゆっくりと正規傭兵機を見た。
下がれ!
言葉ではなく巨大なエネルギー弾が返ってきた。ヤガランデらしき機体の腕はそれそのものが巨大なバスターランチャーとなっている;破壊行為にはマニピュレーターなど不要との思想を体現したような腕部。その巨大な銃口は、巨大さからは想像もつかない敏捷性で、砲口を据え、そして放った。
い、いやd
正規傭兵だったかも知れないが、ガラヤカとその女パイロットをひん剥くことだけを目的にこの戦線に参加した戦闘経験の浅いアファームドは、その直撃を受けて、熔けた。
バスターランチャー射出後の、それに弾着後の超高温で生じた空圧だけで周囲のバーチャロイドを吹き飛ばし、拡散熱は余剰破壊をもたした。遅れて広がる爆発は、弾着先の物体が熱で相転移を起こした際の物理干渉だった。
そして、轟音。ソナー障害。
なん……
第2世代にはV.アーマー、第3世代以降にはV.アーマーこそないものの複数のV.クリスタル質を用いた強固な対エネルギー装甲を纏うバーチャロイド。それをただの一撃で熔失させる高出力エネルギー兵器など、人間の世には「使用が想定されていない戦略級兵器」としての実装しか存在しない。それを片手で振り回す、ヤガランデは歩く戦略兵器だ:しかも誰もハンドルを握っていない。
誰もがその一射を目の当たりにして、凍りついた。ヤガランデと呼ばれるバケモノの存在は伝説ではなく現実だったが、その破壊神然とした様は、伝説に同じだった。
なんて威力だ
し、死ぬ……一撃で、コックピット保護機構なんて関係ねえ……死ぬ……!
リプレイっ、リプレイ見ろ、弾速は普通だ、当たらなければ、当たらなければいいっ……!
きょ、距離を取れ!離れろ!!
誰が言ったかわからない、指揮系統を無視した発言だったとしても、誰がその言葉に反論しようか。蜘蛛の子を散らしたように、その場にいた生き残りのバーチャロイド全機が、ヤガランデから距離を離す。一目散に逃げ出す者もいた。事実、そうするべきだったろう。
本来的には、軍属はこの状況を正しく上層部へ報告しなければならない。ヤガランデの幻影顕現となれば、別のエスカレーションルートも存在する。その義務を果たす殊勝な者は、しかしここにはいなかった。そんなもの、自分の命を危険にさらしてまですることではない。俺にせよ、リンナにせよ、それは同じだ。だが、そうではない勇ましい者もいる。
お前ら、反撃だ!所属不明の巨大バーチャロイドを、殲滅しろ!!
声を上げたのは恐らく正規傭兵の指揮官なのだろう、テムジン型のアンテナ付き機体だった。敵性の再設定指示をブロードキャストする。
今回の興行には大企業の息はかかっていない、あるとすると今俺が装備している〝商品〟の開発元くらいだが、傭兵たちを一声にまとめ上げるほどの実効支配力はない;戦争出資者も同様だった。こうなれば戦争興行の所属陣営など関係がない、単に派遣元企業内の順列や実力、傭兵自身のネームバリューに従う。恐らく年長者であるか、傭兵業界で顔の広い何者かが、敵味方に別れた一団を一声の下に即席再編成し、ヤガランデ思しき所属不明巨大バーチャロイドに向けて敵性設定した。ウチの部隊長では、なさそうだ。
散開しろ!単機同士はロッテを組め!!作戦は狐狩りから、猫狩りに変更だ!!あれがヤガランデなら、撃破した奴には箔が付くぞ。次の戦場からは単価アップだ、倍か、三倍か、もっとか!!
何者かのカリスマに溢れた一声で、反撃可能な体勢にある機体が一斉に砲門を巨大バーチャロイドへ向ける:FCS性能の高いミサイルタイプのVOX:火力支援即応力のあるアファームド:中遠距離カスタムしたテムジン:一部のサイファー/マイザー系列、そしてライデン。正規戦ではあり得ない、コマーシャルな商戦でさえ滅多に見ない、品揃えに一切統一感のない砲門が開く。
あの図体だ、射撃号令を待つな;各個射でいい、ぶっ放せ!
天衣無縫な砲撃の雨が、所属不明巨大バーチャロイドを消し炭にする……と思われた次の瞬間。
生きているバーチャロイドのカメラモニタが、唐突にホワイトアウトし何者も映し出さなくなった。勿論パイロットの目にも何も見えない、突然最大輝度で塗りつぶされたディスプレイの眩さに目が眩む。
なんだっ
次の瞬間、猫の金切り声を細く鋭く削ったまま爆音に拡大した様なけたたましい金属音が、響き渡った。甲高く耳の神経を逆撫でる音がその場に居合わせた者の耳を劈く。
目も耳も飽和情報で遮断され、状況を喪失したところで金属音とクロスフェードで耳に入り込んできたのは、轟爆音だった。ひとつやふたつではない、広い範囲で同時に発生した光熱と爆発、高エネルギーの照射と破壊の音。カメラの白飛びは回復していないが、コックピットの内側からでも耳を突き刺す爆発音は、大隊クラスの軍団が遭遇戦を繰り広げているときのような地獄の音響だった。
生きているパイロットは、これを巨大バーチャロイドに向けて放たれた一斉攻撃の威力の証だと、所属不明機に対する得意げな気分まで抱く。そう思うのに相応しい数の砲撃が、行われたのだろうから。
やがてカメラが回復すると、そこに映し出されていたのは。
な……なにが……
うっ!?
これ、は
ヤガランデ(仮)に向かってメインウェポンを放とうとしたバーチャロイドの姿は一切消えていた、それはさっき巨大バスターランチャーで蒸失したアファームドの顛末に酷似している。熱溶解した岩石の痕跡、超加熱の爆発の残熱、失われたバーチャロイドと……僅かに残された熔け滓。しかし、数十機並み居たバーチャロイドが一斉に蒸発するなどと言うことがあるだろうか。
ありえねえ……
何機かのバーチャロイドは、大破しつつそれが「バーチャロイドであった」と分かる程度に原型をとどめていた。それがなければ今起こった出来事が、神隠しか何かと区別がつかなかったろう。
この場にいた誰かがリプレイ動画をブロードキャストしていた、ホワイトアウトするカメラ映像を加工して無理に輝度を下げて結像し直したものらしい。そこに映し出されていたのは、ヤガランデの肩に備わった、剥き出しの巨大なバイナリーロータスといった風のパーツ左右ふたつから前触れなく扇状に放たれる光線だった。
映像の環境光は、夜中の作戦かと思うほどに暗い;閃光を可視化するために環境光を無理やり擬似的に下げているからだ。だが、ヤガランデの肩から扇状放射状に拡散されたレーザー光はペンキで塗りつぶしたかのように眩く描き出された、恐ろしい光度があったのだろう。互いが干渉して指向性を乱さぬよう、わずかに上下にずれて重なっているが、それは照射密度を下げずむしろ射線を複雑にしていた。一本一本が既にバーチャロイド一体の半身を飲み込むほどの太さ、それが十本、広範囲に巻き散らかされたのだ。動画の中には照射されたバーチャロイドが瞬時に鎔解して蒸発していく様子が映し出されていた。
あの閃光と爆発音をこちらの攻撃のものだと感じたのは、そう、その時点で生きていたパイロットたちだけだった。
ひ、ひぃっっ!!
これが、ヤガランデ……
バケモノだ、逃げろ……!
退避、退避だっ、こんな奴、相手にできるかっ!
ガラヤカと玩具人格をレイプすることを目的にこの戦線に参画していたらしい傭兵には、もはや戦意など残されていない。
ガラヤカが目当てであった自覚はないが……途中からはゼミニやハツネの行く末が気にかかっていなかったといえば嘘になる。〝商品〟を免罪符に俺も大して変わらぬ立場にいる自覚はあった。
リンナ、無事か
幸い射程外だった。お前も無事で良かったよ
ただの俯角の問題だっただろうが、俺も範囲外で助かった。この場は退却したほうが良さそうだ、俺達ではどうすることも出来ない
猫狩り作戦でも発動して駆り出されるのかも知れないがな
そん時はそん時だ。退こう。
全速移動の動作遅延を超兵器に刈り取られないよう、ヤガランデの一挙手一投足を見逃さぬように睨みつけながら、じりじりと後方移動を繰り返す。回頭して全力逃走などすれば、やつはこれ幸いと食らいついてくるかも知れないからだ。そうこれは、獣と対峙し逃げるときの方法だ。人間は、バーチャロイドは、ヤツにとっては狩られる側なのだから。
ヤガランデ、現実は、あれほどとは……
しかし、あのガラヤカ機は、たしかにハツネの搭乗機だったはずだ。彼女は、死んだんじゃ?誰が操縦している
何かの間違いでハツネが制御していて欲しかったが、甘い考えだった。彼女の死体があの中にあるのかどうかもわからない
稼働中のバーチャロイドに、ヤガランデの概念が強制オーバーライドされたのだとしたら、ハツネの死体は
……分子レベルで解体されて……ヤガランデと合体してるだろう
パイロットの保護も担っているコックピットが、もろとも変容したのだ;リバース・コンバートの因果律制御の際のモナド奔流に曝されて、肉体組織は分子レベルで遊離してヤガランデの肉体に溶け込んでいる筈だ。
生き物に魂というものがあるとするなら、あのヤガランデには、ハツネの魂が蒸着している
バーチャロイドに焼き付いた人の魂……シャドウみたいなものね。ならば操縦者がいないというのは、説明はつく。納得はいかないが。
シャドウ・ヤガランデ、笑えねえな
ゼミニとハツネ、二人の常軌を逸した生死観と、兄弟仲の終焉の果てに死したハツネ。そのハツネの魂がヤガランデというバケモノを呼び出したような構図。たといこのヤガランデ顕現とハツネの死に因果関係がなかったとしても、それを関連付けることなくこの状況を捉えられるほど、俺の脳みそは理性的ではない。
戦場で生と死の狭間を滑り込む日常を過ごしてさえ、こんな形の恐怖を感じたことはない。人の魂が、如何程に重たく、巨大であるか。肝が冷えるなどという生易しい言葉では形容できない。そして出来上がったのは化け猫。
ガラヤカって、単に伝説上のバーチャロイドをヤガランデをマスコット玩具にした、趣味の悪い愛玩兼用バーチャロイドじゃなかったのかよ!?本当にヤガランデに化けるなんてそんなイースターエッグあるか
今回の興行の主催者のろくでなし具合は折り紙付きだ;横流しOSか、アップデート逃れの海賊版でも使ってたんだろう。ガラヤカにまつわる噂が、本当ならの話だが。
ショーとして計画されたものだってのか?
まさか。ヤガランデなんか、一度現れたら並の部隊では抑え込めない:ご覧の有様だ。安価なガラヤカそのものが目当てで、こいつは……純然たるトラブルだろうな
トラブル、の一言で済むかよ、この状況が……
ヤガランデという言葉にまつわるネット上の噂話を信じるのであれば、それは、月であれ地球であれV.クリスタルの採集ができるような特殊な空間が舞台だった。ここはそんな島ではない。何かもっと別のトリックが潜んでいる。
ハツネがヤガランデに蒸着したとして、それが予期されたものだったとすれば、ここには重要な人物が欠けている。
ゼミニだ。
ハツネ機を破壊したゼミニのガラヤカが、そこにいた。プチ・プル・ニュィ~ン・バトンは、まるでサイズモードのアイフリーサーの様な姿にパーシャル・コンバートされている。紫色のベースカラーに黒のアクセント、巨大なサイズを携えた姿はやはり魔法使い候補生と言うより、それがダークサイドに堕ちた後或いはスペシネフとは別方向の死神を彷彿とさせる。
彼女のガラヤカは油断無く鎌杖を握ったまま、顕現したヤガランデの幻影を見る。
待っていた
待っていた?何を?まさか、ヤガランデの出現を待ち構えていたというのか。
アレックスさん、申し訳ありません。この度の件で、あなたの存在は奴に知られることになります。
奴って?
リリン・プラジナーです:聖女の顔で人間の魂を売買する、悪魔。
リリン・プラジナーは、フレッシュ・リフォーのティラミアⅢを失脚させ地球圏の支配を簒奪したと言われている。独自のプラント「トランスAFG」を傘下に持ち、秘密の多い私兵部隊MARZを率い、今や大企業連の盟主として君臨していた。本物の姿かアバターかは判らないが若い少女の姿をしており、木星圏を掌握するオーバーロード:ディフューズ・アルフレート・ド・アンベルIVや、火星圏を支配するプラント企業サッチェル・マウスとアイザーマン博士の派閥の対抗馬として頭角を現したその手腕と、そこに至るまでのドラマティックで不撓不屈な英雄譚、それにバーチャロイドそのものの生みの親であるプラセンジット・プラジナーの娘であり傘下プラントから発表されている戦闘用バーチャロイドの独特なデザイン(つまり美少女型という意味で、狐狩りのようなイベントを生み出す原因にもなっている)が、リリン・プラジナーの人気を支えていた。
こうした地球圏・火星圏・木星圏の世界分割の動向さえ現在の覇権資本主義の下では巨額が動く戦争ゴシップとして消費されており、火の有無に関わらず常に戦争は行われておりその戦争経済規模は今だ衰えることを知らない。各社の公開可能情報に限っては、そうした戦争経済を担うマスコミからダダ流れになっていて、さすがの俺でも知っていた。
何より悍ましいのは、奴は時空因果律制御機構を生み出し、今でも独自のコネクションを有していることです。リリン・プラジナーは、宇宙を支配する絶対の暴君になりかねない危険な〝極〟です。
陰謀論に染まった発言、というわけではない。これは事実、一定程度世界で認められている認識だった。特に時空因果律制御機構のアクセス権について、オラトリオ・タングラム産業のスキームと契約を超えて触れることは叶わないと本人は言っているが、その真偽を証す方法はない。なにせ生みの親である、バックドアの一つや二つはあろうと見るのがむしろ常識的だ。
時空因果律制御機構への独自アクセスルートの保持は、旧世界で言うところの「世界唯一の核保有国である」というほどの意味を持っている。電脳歴の全史たる西暦世界では、核を巡って人類は混乱を極め一度滅亡にさえ瀕した。時空因果律制御機構もそのような「手に余る戦略兵器」と見做されている。
ですが、私にとっては、リリン・プラジナーが他のオーバーロードと争っていようが何をしようが、時空因果律制御機構を恣に利用しようが、関係ありません。
じゃあ、その恨み口は一体何故なんだ
リリン・プラジナーは、支配範囲である地球圏に限らずネットワークの接続切断による純粋電脳世界において、概ね肯定的な評価を得ている。今のゼミニほど口汚く罵る人物を、俺は知らない。しかもそれが、戦争興行におけるゴシップネタの極論によるものでないとしたら、それほどに嫌悪する理由を俺は想像できなかった。
ヤガランデの供犠を、ご存知ですか。
それこそ歴史上の出来事としての〝ヤガランデの惨劇〟なら知っているが……
ヤガランデの惨劇は、小規模に繰り返されています;人為的に。ヤガランデの供犠を、そう表現してもいいでしょう。
なんだって?
リリン・プラジナーは、ドランメンの深層部シバルバーへ、あえて人間を送り込んでいたのです;ヤガランデの破壊衝動の捌け口として、計画的かつ継続的に。それによってアース・クリスタルとヤガランデを宥め賺し、人間がV.クリスタル質を掠め取ることを助長しているのです。地球産のV.クリスタル質は文字通り生贄の血肉によって算出された魂の対価といえます。リリン・プラジナーは生贄の儀式の手順を確立し、今やリリン・プラジナーの手を離れても、半自動的に実施される祭儀となりました。儀式は、連綿と続いています。
人間を送り込むって、まるで餌みたいな言い方
餌、ええ、餌そのものですわ。私怨私利のために、命で金を買う不道徳を続けているのが、リリン・プラジナーの正体です。
その情報は俺には余りにも突飛過で「噂話やゴシップ、歴史の教科書にでも乗りそうな味気のない文字列」が僅かに追加されただけだった。生贄?人間が神や悪魔を「実在のもの」と信じていた頃の、野蛮で無意味で愚かな殺傷行為。バーチャロイドのコックピットという現代テクノロジーの揺籠に抱かれながらそんな言葉を耳にするなんて夢にも思っていなかった。
私はリリン・プラジナーに、僚機伴侶を……大切な人を奪われました。ヤガランデの餌としてシバルバーの奥へ、放り込まれたのです。彼は、今頃ヤガランデのネジの一本にでもなっていることでしょう。私の左腕も、その時に失ったものです。
ヤガランデの幻影を、見たのか
私は人であることをやめました。人権IDはヤガランデの供犠からの生存者であることを隠すために売り、その資金を元手にガラヤカを購入したのです;復讐のため、あのヤガランデを破壊するために。可能であれば、リリン・プラジナーを、殺すために。そして今、仇の内片方が、現れました。いえ、私が呼び出したのですが。
今、何か恐ろしいことを言わなかったか。
……呼び、出した?
ええ。ハツネには気の毒ですが、ヤガランデ召喚の依代になっていただきました。彼女から私に向いた信頼感が一気に憎しみに変換される瞬間のエネルギーを、ガラヤカに搭載した悪性Vディスクで励起させ、あれを、ここに呼び出しました。そうなるように、ハツネと、未アップデートのガラヤカと、悪性Vディスクを用意したのですから。
な、何のために、そんな!
お話を聞いてらっしゃいましたか?復讐ですよ、彼の仇を、討つためです
悍ましいことを口にしているというのに、ゼミニの表情はあくまでも涼しげだ。恐らく性くらいは売っていたのだろう玩具人格の理想的なほどに整った顔は、まるで人の心を持たない人形のよう。
俺が絶句していると、リンナが問うた。
まて。ヤガランデについてはまだほとんど何もわかっていないらしいが、あの姿は幻影と目されている。現実3D世界に干渉こそできるが、本体などではなく、どこか別の時空にある本体を投影しただけの虚像だと。こうしてヤガランデを召喚したとして、これはあなたが討ちたい仇なのか?
関係ありません。仇討ちなど、死者にも、仇本人にも本質的に何も関係がありません。仇討ちとは、私が、私のためにすることです。私の気が済まないのです、ヤガランデと呼ばれる巨獣を、この手で屠らなければ。あれが本当に、彼を喰い、私の左腕を奪い、私の〝人間性〟を剥ぎ取った獣本人であるかなんて、関係ありません。幻影とはいえあれは紛れもない実体です。立体映像や、情報存在などではなく、物理的に存在しています。
シャドウ・ヤガランデ……俺達の手に負えるものか。ゼミニ、君にもだ
いいえ。私の手元にも、ございます、同じものが。
同じもの……?ゼミニ、まさか君は
じゅんびおっけ〜、という電子音が聞こえた。ゼミニの室内通知だろう。準備とは何のことだ、と疑問を抱く余地はなかった。
ハツネ機がヤガランデへ変貌したのと同様の光彩エフェクトが煌めき、ゼミニ機も変身を遂げる。ハツネ機と同じように黒を基調にした重苦しいデザイン、但しゼミニのヤガランデは少し小さいように見えた。
ゼミニ!
この日を待ち続け、そのためにありとあらゆるものを売り飛ばしました。人間の証明、尊厳、友人、性、臓器、妹、過去と未来。売買リストに命を加えることに、今更なんの躊躇がありましょう
つう、とヤガランデの独特な、巨体が音もなく滑るような動きで、前に出るゼミニのヤガランデ。ハツネ機のヤガランデよりも一回り小さく見えるのは、ヤガランデの幻影顕現方法の違いによるものらしかった。
ガラヤカ初期ロットにのみ備わっていたって噂されてる、ヤガランデ憑依ってやつなのか?
かもしれん。本当に存在していたなんて
ヤガランデを戦争兵器として使用するなどと、倫理上の問題が紛糾してガラヤカの発表からまもなくして削除されたと言われている。ヤガランデ憑依機能については、サッチェル・マウスで採用されたスペシネフとEVLバインダーに対する倫理上の問題視とは比較にならぬほど紛糾した。希少価値からのブランド化を狙ったトランスAFG社の目論見もあり初期ロットガラヤカの製造数は第一世代ライデンと同等の少なさだったと噂されている。更に機能削除のアップデートは強制実行の形式で配布されたため、ヤガランデ憑依機能を残したガラヤカは既に存在していないとされ、これは完全に都市伝説なっていた。
だが、ゼミニ機にせよハツネ機にせよ、眼の前には大小異なるヤガランデが顕現し、剰え戦闘状態に突入しようとしている。
少し昔だが……M.S.B.Sのバージョンを意図的に遡るための開発用パスコードが解析されたというニュースがあったろう
あったな。それを試したところで殆どはバーチャロイドがシステム的に破損しただけだった上、全員足がついてプラントから契約違反と知的財産権侵害の殺人的な過料を食らってほぼ社会的死刑になってて話題だったが
わざわざOSのバージョンを下げる意味なんて、ほとんど無い。フェイ・イェンタイプ機体の胸部ソーラクスのリバースコンバート時サイズを変更するなんてしょうもない目的で社会的な死を迎えた奴もいたようだが……ガラヤカには、それ以上に重大なニーズがあった
トランスAFGの〝枝〟から逃れたっていうのか、ゼミニが?
彼女にそれほどの電脳技術があるかまでは知らないが、可能性はある。この、眼の前の光景を見れば、否定しきれない
この状況をどうするべきか、俺は思案した。
ハツネ機は既に人間によるコントロール可能性を失っており、このまま放っておけば俺達を攻撃してくることは間違いない。ただ、ゼミニ機は違う。ゼミニが俺達を敵と認定しない限りは。であれば、ゼミニに加勢して、ハツネ機の討伐を行う方がよい筈だ。ハツネが生きてあのヤガランデを操作している可能性とて、万に一つもない。
俺はガンランチャーを握り、その銃口をハツネ機へ向けた。トリガに指をかけ、旗色を明示してゼミニとの共闘を宣言しようとした。瞬間。
ミニヤガランデのバスターランチャーが俺の方を狙い、躊躇無く発砲してきた。
ぜ、ゼミニ
手出しは、無用でございます。これは私の戦い、私が私の満足のために行う、私利私欲の仇討ちでございます。あなた達には関わりのないこと。
しかし
こいつを殺さずに、死ぬことなんて出来ない!他の誰にも壊させない、こいつは私の獲物だ!リリン・プラジナーも!!
ゼミニの切な叫びと同時に、ゼミニのヤガランデはあの凶悪なレーザーを放った。十本全てが収束するように敵ヤガランデへ集中する。現れた一回り小さなヤガランデが何者であるのか把握しあぐねていたらしい、予備動作なしで突然放たれた光線兵器に、敵ヤガランデは反応が遅れて被弾する。並のバーチャロイドであれば蒸発の憂き目にあったというのに、原寸ヤガランデは装甲に溶解傷を負いながらも機能を維持していた。損傷は小さくはないようで、ホバー移動時にたなびく分厚いスカートが切断されたように地面に落ちた。
ゼミニのレーザーで導線上の大気と命中した照射面で爆発的に加熱された空気が衝撃波を成して周囲へ伝播する。
初弾レーザーの被弾から敵ヤガランデはゼミニを敵認定し、いよいよ交戦状態に入った。
ヤガランデで、ヤガランデを撃破するなんて、可能なのか?
ヤガランデとはV.コンバータをインターフェイスとして顕現した仮初の実体に過ぎない。CISの向こうにある概念の実体を恣意的に映し出しただけのインスタンス同士、共存も競合も……敵対もできる、制御さえあれば
実体なのに、仮初ってのはどういうことだよ
姿形があることのほうが嘘なんだよ;本質が、この次元では概念的にしか存在できない事象だから
詳しいんだな。なんで、そんなことを知っている
仮にもエンジェランのライセンスを実効所有していると、知りたくもない約款がついてくるんだ
ゼミニの攻撃は苛烈だった。普段のガラヤカならそんな動きは自分を危険に晒すだけだろうというリスキーな動きを平然と、しかしそのリスクを乗りこなすように渡っていた。纏うヤガランデという鎧に気が大きくなっているのか、或いは原寸サイズヤガランデに対して圧倒的な自信があるのか、いずれにせよ常に前へ前へと出ながらバスターランチャーとボムを織り交ぜて敵ヤガランデへ肉薄し続けている。当のシャドウ・ヤガランデもゼミニ機を敵性認識し攻撃の応酬は苛烈さをいや増した。
双方繰り出す攻撃は、一つ一つが地形を破壊し形あるものを蒸発させるほどの威力で、射撃と回避の応酬のたびに轟音と熱波が巻き起こる。俺とリンナは堪らず、支援機の立場からしても十二分な距離を取るが、それだけの距離を確保しているにも拘らず、警戒心を抑えられない。流れ弾一つでも致命的な損害が想像される一方で、ゼミニの安否についても楽観できないと感じていたからだ。
ゼミニには手出しするなと言われたが……俺はそれに従い続ける自信がない
当然だ。はっきり言って、あの女は今は威勢だけで戦っている。だがあれはシャドウ化機体だ、敵うわけがない。私達が生き残るためにも、ハツネ機ヤガランデには先にいなくなって貰う必要がある
敵うわけがない。リンナの冷静な言葉に否応なく認めさせられる。リンナが人生をかけて準備した仇討ちの場だが、彼女には勝機などほとんど無いということを。
相手はヤガランデである上に、シャドウ化している。それこそフレッシュ・リフォー系列の企業に白虹騎士団の派遣を依頼する案件だ。通常機体ではなくヤガランデのシャドウなど、白虹騎士団でさえまともに対処してくれるかどうか怪しい。それを、単騎で、討伐しようなどと。
シャドウ化したバーチャロイドは、主に攻撃兵装が変質すると言われている。出力が大幅に上昇し、スライプナーの一発でさえ、通常バーチャロイドを大破させるとか
ハツネ機のヤガランデも、そうだっていうのか
シャドウ化バーチャロイドを目にするのは私も初めてだ、これが本当のことなのかただの噂なのか、判断はつかない。だが、本当ならば
ゼミニは一撃もらうだけで……
ヤガランデ憑依を得たガラヤカがどの程度の性能向上を得るのかもわからない。だがあれは、ただのシャドウでも、ただのヤガランデでもない
ハツネ機のヤガランデは、その巨体から放たれる攻撃の面制圧力を存分に活かして、ゼミニ機のヤガランデとの対面を拒絶していた。距離を取ろうとするのは、近接戦で分が悪いと考えているというような消極的でぬるい話ではなく、恐らくはあの必殺のレーザーを狙うのに距離があったほうが都合がいいからだ。効率よく敵を葬るための立ち回りだろう。
不意撃ちの初弾こそヤガランデの装甲を見事に損害させ相当の損耗を与えたが、それ以降は芳しい戦況になかった。シャドウ・ヤガランデの攻撃を防ぐには近距離で貼り付き、大型バスターランチャーの一撃を受け流し続けるのが一番と踏んでいるが、その貼り付きが実践できていなかった。ヤガランデの攻撃の面制圧力で接近拒否を強いられ、距離を詰めきれていないのだ。その状態を長く続ければ、ゼミニは体力的に疲弊し、やがては回避しそこねて一撃をもらうことになる。そうなれば……シャドウ・ヤガランデの超火力は、恐らくゼミニの命を奪う。
思ったより理性的な動きをするんですね……っ!
オリジナルサイズのヤガランデは、明らかにそれを狙って接近拒否を繰り返している。光学ボムの残留は機体サイズが大きなヤガランデに対しては制止力が強い。弾丸が巨大なバスターランチャーも同様だ。
慎重な回避を繰り返しながら距離を縮めようとしていたゼミニのヤガランデだったが、ロックオンが常に自分にあるせいで明らかに動きあぐねている。初弾以降必殺のレーザーも放つ隙が見いだせていない。エネルギー弾のバスターランチャーを撃つのが精々でこれは偶にヒットしているが、ゼミニの集中力が切れたり偶然に訪れた回避不能の重なり合いが現れてしまう方が先になることが明白だった。
貼り付くことに少し囚われ過ぎたゼミニ機のスカート分部に、敵ヤガランデのバスターランチャーがヒットする。
くっ
被弾を得たからと言って距離を取るわけには行かない、ゼミニはボムを置きながら果敢に前に出て、前方ブーストバスターランチャーを捩じ込む。それは確かに敵ヤガランデの装甲を焼いたが、回避しようとしたブースト中に放った速射レーザーが相打ちの形でゼミニ機に突き刺さった。立位で構えてから放つレーザーに比べて格段に威力は低いが、それでも肩と脚部に大きなダメージを受けた。反応装甲スカートは外れ、ホバー機構を備えた脚部の機関部が顔を覗かせる。次にこの部位に被弾したら危険だった。
まだ、だっ!
敵ヤガランデが横にスライドしてボムを放ったのを目視し、そのボムが自分の位置に直接到達しないと見たゼミニは、足を止めてレーザーを放つ。それは見事敵ヤガランデの横っ腹に突き刺さり深く機体を焼いたが、敵の足が止まることはなかった。被弾しながら直進するハツネ機ヤガランデ。それはゼミニ機がレーザーを照射し終えた後の隙を塗りつぶして、ゼミニ機が行動可能になる前にその目前に到達した。今まで距離を取り続けていた敵ヤガランデの行動パターンの転向に面食らったゼミニは判断が遅れる。
合った軸をずらそうと横方向へブーストを掛けたが間に合わない。大きく頭上に振りかぶった大型バスターランチャーを、まるでそれ自体が棍棒のように振り下ろす。そんな近接攻撃を予想だにしていなかったゼミニは、回避の脚が出遅れたのもあり、バスターランチャーでの叩きつけ攻撃を左肩のレーザーユニットにもらってしまう。
……やはり、ダメですね
このダメージは大きかった。しかし殴打をくらいバランスを崩したがモーションの大きな近接攻撃の隙をもぎ取らんと、生存している右肩のユニットを使ってレーザーを放つ。本数は少なくなったが、動きを止めたヤガランデには十分に突き刺さる。右肩から放たれたレーザーは完全に、敵ヤガランデの上半身左半分を焼いた。クリーンヒットだっが、明らかにダメージ負けしている。無茶な動きと粗さが目立ってきた。一旦引いて体制を整えるが、俯瞰すれば損傷の大きさが目立つ。一方のハツネ機ヤガランデにも損傷はあるものの、その差は歴然となっていた。
単騎で相手ができる敵じゃない
やるか?ゼミニに後でなんと言われるかはわからんが。リリン・プラジナーと同じくらい恨まれるかも
恨まれるのは構わねえ。腐れ縁って、嫌いじゃないんだよな
じゃあ決まりだな。アレックスに合わせる、好きなタイミングで出せ
悪いな、付き合わせちまって。お前とも随分と腐れ縁だが
腐らせないように、使ってみろ、ボケナス
ゼミニが致命的な被弾に至る前に、3:1の形勢で有利にしたい。ヤガランデ撃破のイメージは全く脳内にないが、やれることをやるしか無い。一旦は離した距離を、再度詰めて整える。〝商品〟も使うことになるだろう、スタンバイに移行させる。チャージ完了次第砲火実施し、そのままゼミニ機を交えた機動戦へもつれ込むつもりだった。
ゼミニは既に機能しなくなった左肩のレーザーユニットをパージしながら、まるで呪文の詠唱か、自己暗示にかけるルーティンのように、奇妙な言葉を叫ぶ。
何が起こったのか、俺は攻撃参加の手を止める。
足りない。もっとだ。もっと……
なんだ?
あの女、ヤガランデと会話しているのか?
ああ、ぜんっぜん足りない!もっと、もっとだ……!ヤガランデ、お前の衝動はその程度か!?錆びついた自分の幻影も潰せない雑魚なのか!?ネコ被ってんじゃねえぞ!!
パージした肩ユニット、そして機能性を落としているスカートの被弾部の隣接分部を捨て去りながら、自らの搭乗するガラヤカに憑依したヤガランデの幻影に口汚い言葉で語りかけると、ゼミニ機の特徴的な紫と黒のカラーリングの間の色の境界、パーツ同士の継ぎ目、ダメージ分部の損傷箇所から、仄暗い赤色の光が鈍く漏れ始める。V.コンバーターのディスク格納匣からコックピット分部の継ぎ目からは殊更強い光が発せられており、呼吸や鼓動のように生々しく脈打つ一定のリズムを刻んでいる。
っ、フフ、そうだ、いいぞ。欲しけりゃ、持っていけよ;くれてやる、今更腕一本なんて吝嗇は言わねえから
足を止めたことをレーザーの前兆行動だと見たハツネ機ヤガランデだったが、ゼミニがレーザーを撃たないと見ると回避行動をやめてバスターランチャーでの牽制攻撃を放った。それを見ても動じないゼミニ機。ここからでもわかる、異様なオーラが吹き出していた。邪悪、とは違う、もっと未分化な感情それは、忌避感以上の言葉で表現し得ない不快に近い感情を掻き立てる。
くれてやる?制御を棄てるのか、何してるゼミニ!?
ヤガランデ顕現中だぞ、V.クリスタル質が励起して結界が揺らいでいるというのに、精神リンクの手綱を離したら……!
この体も精神も、残りの一切合切くれてやる!好きだろう、こんな風な、真っ黒い恨みが!だから、つべこべ言わずに……もっとよこせよ、野良ネコ!!
ここからではゼミニの意図はわからない、コックピット内で何が起こっているのかも、奇妙で……悍ましい光が流れ出すV.コンバーターに起こっている事態も、何もが未知の現象だ。それを、ゼミニは意図して起こしているのだろうか。
いいぞ……もっと、喰え。ぁっ、ふ、っ……あ、ああそうだ、あの時もこんな風に彼を喰ってただろう?っ、ふ、ふふ、旨そうに、喰いやがって。っ、ぁぁッ……あ〜〜〜っっ!
ゼミニの声が、悶えるような、苦痛を堪えるような、色に変わる。何が、起こっている?
敵ヤガランデが放った大型バスターランチャーのエネルギー弾が、不穏な雰囲気を纏うゼミニ機に迫る。もはや回避は不可能だが、ゼミニはそれどころか防御姿勢さえ取らない。
被弾が確実と思われた次の瞬間。エネルギー弾はまるで鉄の像に注ぎかけられた水のように、目標を侵襲せず砕け弾かれ後ろへ流れ去った。流体のように弾かれたエネルギー弾の残滓は、それぞれが弾着した先で地形を破壊し、熱波を放ち、爆風を巻き起こした。弾は不能ではなかったが、ゼミニ機にはまるでダメージが入っていない。
奇妙な現象を目の当たりにしたのは、俺達だけではない。攻撃を加えた敵ヤガランデ当人が最も困惑する権利を持っている。幻獣戦機は、バスターランチャー弾が奇妙な不発を見せたことに苛立ったのか、未だに動かないゼミニのミニヤガランデに向けて、死の10wayレーザーを放った。絶対の破壊光線は、照射後すぐに照射光それぞれが独立してゼミニのヤガランデを捉え直し、全砲門がゼミニを灼かんと集中した。
今まで見てきた死の光景を否定しないのであれば、ゼミニ機は確実に大破……いや、蒸発して消しカスだけが残るはずだった。だが。
はあっ、はあっ……ふふ、満足か?よかった。もうやれるものが無い、もっとと言われてもあげられなかったけどね
照射が終わってもミニヤガランデの姿は健在だった。それどころかゼミニからの音声通信はいまだに続いている;悍ましい平然さを保ったまま。敵ヤガランデからのレーザー攻撃があったことを気に留めてさえいない。
シャドウ化機の象徴である黒よりもなおドロついた光を呑み込むほどの漆黒に、流れ脈打つ血のような赤のアクセントカラーを施した禍々しい色に上書きされたゼミニのミニヤガランデは、レーザーによって損害が増えることがなかった、それどころか損害していた分部が反応的パーシャル・コンバートによって修復され、無傷の状態に生まれ直していた。
どういうことだ。直撃だったのに、まるで第二世代に搭載されていたV.アーマー……いやそれとも比較にならない
ハツネ機のヤガランデを照準する、大型バスターランチャーが敵を狙った。奇妙な状況に危機感を感じたのか敵ヤガランデはゼミニ機の攻撃動作のリスクを大きく捉え、即座に回避行動に出る。滑るような高速移動で軸を外すようにブーストする。速い、今までゼミニ機との交戦で見せていた速度は全速ではなかったらしい。だが、今回は確実に速度を増して……危機感を持って回避している。
回避行動を見せる敵ヤガランデに対して、ゼミニ機は、ただバスターランチャーを備えた腕の方向を、つい、と迷いなく動かす。そして発砲。
発射されたエネルギー弾は、回避行動をとるハツネ機ヤガランデの移動先を正確に予測していた。点として到達するエネルギー弾が、同じく点として移動するヤガランデの回避先に着弾する。置きと呼べるような代物ではない、偶然にしても計算にしても、出来すぎている。
発射、弾着、爆音。まるで予め決定していた事実から逆算したような冷酷な正確性で、ゼミニのバスターランチャーはハツネ機を撃ち抜いた。しかも、その破壊力もさっきまでとは全く違っていた。
敵ヤガランデは、ミニヤガランデの攻撃を敢えて回避などせずに、適当に被弾しながらもダメージで上回る形でゼミニを追い詰めていた。ダメージはほとんど通っていなかったのだ。だが、今入った一撃は……一発でヤガランデを転倒させていた。転倒したヤガランデは想定外のダメージに驚愕しているようだったが、すぐに起き上がって交戦を続けようとする。
だが、加えられた損害は、不自然なほど大きかった。たった一発のエネルギー弾が、下半身右舷を完全に刳り取っていた。ガラヤカが本来持つ、魔法的エネルギーが篭っているかのような非直観的なエネルギー。起き上がったヤガランデはバランスが悪くブースト性能も低下している。
なにが、起こっている……?
主に攻撃力の変質:シャドウ化の特徴だが
さっきのは、自分からシャドウ化したっていうのか?それだって、あれほどとは
所謂ヤガランデの幻影には行動原則なんてない;ただ子供のように暴れて、結果として破壊が齎されるだけ。方向性を持たず発散するエネルギーに形質を与えただけの不安定なものだ。でも、そのエネルギーに少しでも指向性を与えることができたなら
幻影顕現強度が、強くなる?
シャドウ化を招くほどの感情は、そのベクトルを形成するのかも知れない。あの女のガラヤカにもハツネのものと同じ違法な悪性V.ディスクが搭載されているのだろう。そしてそこに確固たる〝感情〟のパワーを注いだ……給餌した。それが、彼女の勝算なんだ。ヤガランデの幻影を、自らの感情で無理やり御そうとしている。
ヤガランデに、オーバーライドするつもりなのか?
人間に、そんなことができるものか。溶岩の流れを変えるために、溶岩流の中に手を突っ込むようなものだ
その時、常軌を逸した発言を繰り返していたかのように思われたゼミニから、突然人間らしい言葉が、返ってきた。
生憎、私は人間ではありませんので
ゼミニ!君は……無事なのか!?
ええ、大丈夫です。ご心配をおかけしましたか?
ゼミニの通信に、映像回線が開通した。
ッ!?
ぜみ、に?
それは鈍く、仄かに、光を放っている。
映し出された彼女の姿は……既に人の形をしていなかった。いや、姿?姿という言葉はそこに用いることは適切には思えなかった。跡、残骸。それは鈍く、仄かに、光を放っている。
赤。赤。赤。赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。
これが何故まだ人の言葉を話しているのか、何故まだ「生きている」のか、全く理解が出来ない。映像の中には、ゼミニと思しき者はもう見て取ることが出来ない。パイロットシートの上には赤。人の姿はない。計器類、スイッチ、操縦系、通信機、ありとあらゆる壁面に、激しく飛び散った赤。それは鈍く、仄かに、光を放っている。それに破片と残骸、残り滓。僅かな温度。冷えた左義腕。
これで、あいつを殺すことができますわ。願わくば、リリン・プラジナーも、この手で
〝誰も〟映し出していないコックピットからの映像に、しかしリアルタイムで音声応答が付与されて返ってくる。その様子が、一層に事態の異様さを際立たさせていた。〝旨そうに喰いやがって〟通信の中に混じっていた彼女自身の言葉の意味を、否応なしに考えさせられる。何が、一体彼女を、喰ったのだ?そしてその後も彼女は会話を続けている。リンナの息遣いが不規則になっている、見ると口元を手で覆い、えずいている。今目の前で起こっているグロテスクは、戦場に転がっているものとは違う。余りにも、違う。
君は、ヤガランデに、オーバーライドしたのか?
そう表現しても特に差し支えはないとは思います。でも、今更この現象に名前などつけて、何の意味がありますか?
交信可能な制御済シャドウ機……まさか、これがそうだと言うの?伝説の四之影の正体って……
さあ……どうでしょうか。私はまだ、その方とは繋がっていませんので
それは鈍く、仄かに、光を放っている。彼女は一体〝何に〟なったのだ?
魂。そんな言葉を、この場で思い浮かべるのは余りにも不道徳に思えた。でも、それ以外のものを、俺は知らない。
どうしました?随分弱気になりました、ね?
速さがまるで違う。ハツネ機がレーザーを狙おうと距離を取るために走ると、その速度を大きく超えてゼミニ機は距離を縮めて追い付いた。ダッシュの終了地点に、既にゼミニ機が既にいる:バスターランチャーを構えて。回避行動だったはずのダッシュが終わると、その硬直には突きつけられたバスターランチャーがある。回避は間に合わない。ゼミニの放ったバスターランチャーはヤガランデに吸い込まれるように命中した。何度繰り返しても、ハツネ機の行動は先読みされ、攻撃を置かれ、ゼミニ機の攻撃はまるでそこに収まるべくあるかのように命中する。
なんだ、あれは……
ヤガランデの幻影を、完全に手玉に取っている
シャドウ化後の超反応射撃で足回りを奪ったのも大きかった。ホバー機構の特殊な構造故か、或いはそれ以外の理由があるのか、ゼミニによって機動力低下を押し付けられると、ほとんど動くことができなくなっている。ヤガランデにそんな弱点があるとは思わなかった。尤も、ヤガランデの装甲を前にしてホバー機構に損害を与えうる手段は、本来的には存在しないだろう。
今のゼミニ機が、規格外なのだ。ヤガランデ自体が規格外だと言うのに、シャドウ化で強制召喚されたヤガランデと、制御可能なシャドウ機へ変貌したミニヤガランデ。眼の前で繰り広げられている戦闘は、恐らくは企業群でも最高機密の部類になるだろう。そんな戦闘が、こんな辺鄙なレンタリアで誘発された。そんなことが、あり得るだろうか。
機動性を奪われたヤガランデは、その巨体故ほぼ動かない的だった。バスターランチャーもボムもそして10wayレーザーも健在だが、強靭なV.アーマーのようなものに守られたゼミニ機には全く損傷を与えない。
いかがですか、狩られる側の、破壊衝動をぶつけられる側の気分は……!?これが、彼の受けた仕打ち。リリン・プラジナーが人々に不当に与えている恐怖……!
続けざまに3発、バスターランチャーを放つゼミニ機。細りきった機動力で、なんとか一発は躱すものの、二発目三発目はもろに命中する。再び転倒するヤガランデ。転倒した獲物に向けてボムを放り投げて追撃すると、右肩のレーザーユニットが片方破損した。砲門の殆どが機能を失う。
起き上がり、ヤガランデはボムをいて牽制、バスターランチャーを放つが驚異的な速度で全く当たらない。それどころかゼミニ機は発射の隙に懐に入りこみ、至近距離からのレーザーを見舞った。胴回りから脚部にかけて重大な損傷を与える。スケルトンがむき出しになり、本来のヤガランデの重量を支えるに不足となった。ホバー機構も不全となり、脚部は自重を支えられない、ハツネ機の脚は自壊し、復旧の見込みのない転倒に至る。
あっけないですね
冷酷な声。ゼミニは転倒したヤガランデに馬乗りになる。ハツネ機は苦しげに足掻くようにブーストをふかすが何の意味もない。右腕のバスターランチャーを向けるが、その内径に入り込んだゼミニは、ヤガランデの右腕の比較的細い部分に、バスターランチャーを叩き込む。あえなく、ヤガランデの右腕は本体から切り離され地に放り出された。
苦しげに悶えるヤガランデの動作は、まるで生き物のようである。だが、苦しそうな辛そうな仕草を見せるほど、ゼミニの復讐心は満たされていく。同情の余地など持ち合わせておらず、破壊する結果以外にビジョンはないのだから。
ふっ、ははっ……はははははっ!何年、この瞬間を待ち続けたでしょう!やっと、報われる。復讐は成し遂げられる!見ているか、リリン・プラジナー!!
ハツネ機の腕部から肩へのブリッジ分部を執拗に叩き付け続ける。腕部兵装と肩を同時に無力化しようとしていた。ハツネ機は密着したゼミニに対して、残った左肩のレーザー砲門を開き、密接距離で照射しようとする。だが、ゼミニ機は生きていたレーザーユニットを容赦なくアームバスターランチャーで殴りつけ擦り潰し、ことごとく無力化した。ヤガランデの恐ろしいレーザーユニットは、あっという間に残り三門だけに減らされてしまう。三門は密着距離からでは射角が合わせられないらしい、哀れに砲向を回しながら発射する機会を失っていた。
ゼミニは、両腕でヤガランデの両肩を地面に押し付け身動きを封じる。その状態で……ヤガランデの上半身に向けて、10wayレーザーを放った。十本全てがヤガランデの上半身に命中し、胸部以上は焼け装甲は蒸発し内部構造が剥き出しになった。コックピットコアも顔を覗かせる。
圧倒的だった、あれだけ恐れ震え上がっていたヤガランデが、惨めさまで感じるほど完膚なきまでに叩きのめされているのは、傍目から見ている立場では……胸がすくと言うよりも純粋に恐ろしくなった。それに、ヤガランデを組み伏しているのは、小さいと言うだけで他ならぬ同じヤガランデなのだ。
寒気がする、これは、一体何を見せられているのだ。ゼミニの復讐劇、という枠では捉えきれない、悍ましいホラーでも見せられているような気分だ。
終わりにしましょう。
一つ呟いて、ゼミニはバスターランチャーをヤガランデの頭部に向ける。いやいや、と示すようにその頭部は左右に揺れていた。それを見たゼミニが、愉快そうに笑うのが聞こえる。
次の瞬間、ゼミニのバスターランチャーが放たれ、ヤガランデの頭部が吹き飛んだ。バーチャロイドにおける頭部はアンテナやカメラなどのセンサ類の集積地点でしか無く、その損失は即ち死ではない。ヒトが扱う兵器ゆえにヒトの形を模し、便宜的に設けられているだけだ。ヤガランデにそれが備わっているのは、単にこの世界に流入する際に人類の知識情報が反映されたからにすぎない。
だが、その象徴的な障害は、ゼミニの復讐欲を強く満たしたようだった。
ゼミニは外部情報の殆どを遮断され、機動性も奪われ、右腕も失い、力の象徴たるレーザーユニットもほとんどを喪失した満身創痍のヤガランデの上から、下りる。そうして今度はスケルトンがあらわになったその胸部に手を突っ込んで、誰も乗っていないのに備わっているコックピットコア、そこにつながるV.コンバーターを掌中に収める。
残るは、リリン・プラジナー、あなただけですわ。すぐに参りますから、ご期待くださいましね。
そう言って、何を守っているのか定かではないコックピット防御機構を、丸ごと握り潰そうと力を込めた。
ヤガランデの頭部を砕き、V.コンバーター諸共そこに接続されたコックピットコアを握り潰そうとしていた手から、突然力が抜ける。損傷激しくスケルトンが剥き出しになったヤガランデの巨体から引きずり出されようとしていたコックピットコアがその直前で地面に落ちた。硬直したように動かないゼミニ機。ひと拍を置いて、ゼミニのヤガランデが鈍い光りに包まれる。変身したときに比べて控えめな閃き、そしてゼミニのヤガランデは……ガラヤカに戻っていた。ヤガランデとガラヤカの間にある質量差、リンクが解除された「元ヤガランデの一部だった物質」はコールタールのような粘性の液質に変容して、地面に滴り溜まっている。ガラヤカはその粘液の只中に横たわっていた。
タイム、アップ……ですか。時限処理のオプトアウトに、失敗していたなんて
落胆した声が、聞こえる。そこに、想定外の失敗に対する驚愕の色はない;どこかで想像していた残酷な結末が、自分の魂の負債を回収に来たのだと諦めるような声色。
ヤガランデ憑依が解除され、映像は再び失われている。恐らく途中でシャドウ化などを経たせいで内部構造が元の姿と変わってしまい、動作しなくなった機器があるのだろう。今ガラヤカが動けずに横たわったままなのもそのせいかも知れない。
ここまでですね
溜息とともに諦観の言葉を吐き出したゼミニ。その姿が、コックピットの中で今どうなっているのかはわからない。人の姿を取り戻しているのか、今も、溶け合ったままなのか。
窮地を脱した敵ヤガランデは、大損害を受けながらも稼働を維持している。あと数秒あれば、V.コンバーターとコックピットコアを破砕し、恐らくヤガランデを倒せていただろう。だが、そうはならなかった。ヤガランデは辛うじて動くアームバスターランチャーを振り上げる。ガラヤカを攻撃するつもりだ。今のゼミニに、逃げる術はない。
ゼミニ!今救出に……!
横たわるガラヤカ機を回収できれば、望みは潰えない。だが、明らかに間に合わない。
俺はアームバスターランチャーを放ち、ヤガランデを攻撃する。リンナの突撃竜もヤガランデに向かっている。それに気付いたハツネ機は、ほぼ損壊した肩ユニットを稼働させ、レーザーを放つ。十あった砲門は、ゼミニに破壊され今や3門しか残っていない。だが、アームバスターランチャーの弾丸を消し去り、氷竜を昇天させ、俺達を遠ざけるには十分だった。
くそッ!
体を入れてゼミニを奪還しようと考えたが、到底間に合わない。
ゼミニ!コックピットから出ろ!
アレクさん、ありがとうございます。でももう、私にはここから出る体はありません。これは私の選択の結果です
ゼミニの言う通り自らの選択の果てではある、だが、それでもこの結果は残酷に思えた。何が、この残酷を導いた。何の因果が発端なのだ。誰に、生の許しを請えばいい。
口惜しい。絶対に許さない……たとえ魂だけでも、地獄の果まで……因果律の果まで貴様を追いかけてやる。私が、私の魂が、新たなダイモンだ;呪ってやるぞ、聞いているかリリン・プラジナー!!
魂からの叫び、こんなにも激しく痛々しい怨嗟が、あるのか。
その叫び声は、撮影ドローンによってしかと録音されていた。もしかすると、撮影ドローンに向かって言ったのかも知れない。自分の意志という情報を、もう一度電脳空間に拡散させ……伝染させるために。
ああ……悔しいなあ……後ちょっと、でしたのに……ごめんなさい、羽振君
スケルトンが剥き出しとはいえ巨体、パワーは依然通常のバーチャロイドとは桁外れであるヤガランデの、渾身の打撃が、もはや動くことさえ叶わぬ小さなガラヤカに振り下ろされた。四散する、黒い液質。
純粋な物理的圧壊。
バーチャロイドの中でも、その異様な欲望の捌け口として殊更小さくデザインされたアンバランスな機体は、ヤガランデの大型バスターランチャーの打撃面によって全身がカバーされるほどだ。そして、その通りに、潰された。地面にめり込む形で再び姿を表したガラヤカは、既に幼女の姿などしていなかった。ヒトのようなパーツが点々と残るだけの、グロテスクな鉄屑。コックピットの中で、ゼミニが一体何になっていたのかはわからないが、いずれにせよ、こうなってしまえば……変わらない。
あと一息で、遂げることができたかも知れない仇討ち。しかしそれは果たされること無く、とうとうゼミニは、人間として死ぬこともできなかった。
ゼミニ……
彼女の圧死を以て〝映像〟の転売価格は最高潮をつけていた。ポルノ映像としての価値が高いだけではない、この映像が企業によって抹消され正史から消し去られることでその複製映像が驚異的な骨董価値を持つことになる期待からだ。早くもこの映像は幾つかの複製品をルートとしたシリアルナンバーを採番され、NFT商品として流通の動きを見せていた。価格は、まだ上がり続けている。
彼女の魂は、何処へゆくのだろう。ただの貨幣価値にすり潰されてしまったのだろうか。魂には、値札が付くのか。この覇権資本主義の世界では、値段としてしか、表現されないのか。
彼女の最後の言葉の通りでも、恨みに囚われた存在でも構わないから、ただの数字なんかにはなって欲しくはないと願ってしまう。彼女の吐き出した呪怨が、ダイモンと呼んだ何かが俺の中に取り憑き、それは確かに継承されてしまった。
俺は、リリン・プラジナーを許すことが、出来そうにない。
圧壊しバーチャロイドとしての形を失ったゼミニのガラヤカを前にして、ハツネ機はアームバスターランチャーの下に潜んでいたマニピュレーターを伸ばし、ゼミニ機の残骸を物色している。攻撃しようにも、三門残ったレーザーは油断無くこちらを睨み、ボムを投射するアームは健在だ。
あいつは、時間で戻らねえのかよ
単一の人間の意識を介さないが故かもしれないな……
ハツネ機は、ゼミニのヤガランデが見せた反応的パーシャル・コンバートによって、頭部のスケルトンだけを再生する。そして物色していたゼミニ機だった残骸を掴み上げて……それを食べるような動作を見せる。電脳虚数空間と怨嗟感情の物理化現象によって表れた黒い粘液質を口の端から垂らしながら、ハツネ機はゼミニ機を飲み込んだ。
なっ……取り込んでいるのか……?ガラヤカを
ガラヤカと言うよりも、V.クリスタル質が目的だろうな。
バケモノが……
その腹の中でどんな処理をされているのかは想像できないが、ゼミニ機を取り込んだ直後から、ゼミニ機との戦闘で負った損傷で鈍っていた動きが、取り戻されていくのが如実に見えた。反応的パーシャル・コンバートによる損傷修復は速度を増し、少なくとも形質上の姿においてはほぼ元の姿に戻ってしまった。
ゼミニの善戦は、無意味だったのか。そう思うと怒りにも似た感情が湧き上がってくる。そんなことを、認められるわけがない。
最悪だな、交渉不可能な方が、生き残ってしまった
あそこで、攻撃を断行していれば
変わらなかったろうな。私達が束になったところで、シャドウ化したゼミニ機の役に立てるほどの戦力になったと思うか?
恐らく、ならなかったろう。だが、もしあと十秒早く……三秒でよかったかも知れない、ゼミニがハツネ機のコアを握ることができていれば。否、歴史にifはない。単に、力不足だったという過去だけが、本物だ。
今しなければならないのは、過去を吟味することじゃない。
いずれにせよ、後は私達で対応するしか無い。健在のシャドウ・ヤガランデを、撃破する。
無茶だ、逃げたほうがいい。奴は再生したんだぞ、振り出しだ。もうゼミニもいない。
まあ聞け。考えがある。……元々、ゼミニがあんなにやる前には、こうするつもりだった
何だ
そう。本来はそうだった。ゼミニが魂を売り払いあんな事にならなければ、これを使ってあれを追い返そうと考えていた。
〝商品〟の一般攻撃モード、ついでに過充填照射で、奴のV.コンバーターを灼き潰す
一般、攻撃?
バーチャロイド同士の限定戦争向けの射撃じゃない、元々の用途の射撃方法だ
その〝商品〟は限定戦争用バーチャロイド向けの兵装なんじゃないのか?元々のって
この商品にはデッドリー・ダッドリーの亡霊が宿っている。アファームドにこんなトップヘビーなレーザーユニットを乗っけるなんて偏執な商品を作るのだ、まともな奴らじゃないとは思っていた。素性は語られていないが、これを開発したスタッフは、ライデンの開発がデッドリー・ダッドリーからムーニー・バレーに接収された際に、フレッシュ・リフォーと折り合いが悪く移籍できなかった開発者が密かに流れた者達なんじゃないだろうかと俺は想像している。
艦砲射撃だよ、宇宙艦隊戦用の。こいつの正体は、第二世代ライデンのレーザーユニット:バイナリーロータスの後発クローン機だろう。
なんて厄介なもののレビューを引き受けたんだ、お前は
そんなつもりじゃなかったんだよ、整備してる最中にその結論に至った。確証はないが、多分間違いねえ。一般攻撃モードは、イースターエッグとして隠蔽されていた
確かに運用想定はアファームドによる光学兵器VOK系のニッチェ獲得だが、ならば艦載・艦砲射撃用の一般攻撃モードオプションが用意されているのはおかしい。これは何かの意趣返しであるか、端っからライデンに搭載する想定で開発された武器としか考えられない。
とにかく、見え透いたオプション隠蔽を解除して選択可能になった一般攻撃モードは、入口を潰しただけで中身は十全生存しており、完全に第二世代ライデンに搭載されていた伝説的なレーザーユニット:バイナリーロータスのそれだった。むしろ後発機故の優位性さえありそうだ。特筆すべきは、火星圏でも運用できるようにクリスタル・ノイズのフィルタリングが施されていることだった。まさに「あの頃のライデンレーザー」を復権させるためだけの製品だ。酔狂に過ぎる。
こいつなら病み上がりの装甲じゃあ、無事では済まないだろう。何としてもこいつの一撃をV.コンバーターにぶち込んで、生命線を断つ
当たらなかったら
死ぬなあ
火力が足りなかったら
死ぬなあ
駄目だろう!
それ以外に方法があるか。相手はヤガランデだ。しかもただのヤガランデじゃねえ、シャドウディスクを取り込んで余計にこじらせた、正真正銘の化け猫だ。リスクにかけるしかない
この場を離脱する方法を考えた方がいい
ああ。リンナはこの場を生存離脱して、ヤガランデがクリスタルの影響範囲外で顕現したことを、然るべき機関に伝えてくれ。PKならそのへんですぐに捕まえられるだろ。これは、俺がやる
お前も離脱だ、と言っている。あんなもの、お前が無理に相手をする必要なんかない。ゼミニができなかったことを、お前ができるわけがないだろう
リンナの言うことは尤もだ。これはゼミニが始めた復讐劇で、でも失敗した。もはやこれは、その尻拭いだ。だが。
そういうわけには、いかねえだろ。俺が蒔いた種かもしれないんだ
そんな訳あるか、自惚れるな!アレックス、お前は……
何か言葉を続けたげに形の良い唇を動かしかけるが、リンナはそれを横に結び直した。
いや、お前がそうするなら、私だけ逃げるわけにはいかない。女だからって舐めるなよ。こちとら伊達に傭兵稼業は長くない、お前に庇われるほど弱いものか。
……恩に着る
ふん。しかし、V.コンバーターを撃つといっても、どうやって背後を取る気だ?
レーザー同士の隙取り合戦しかないだろうな。10wayレーザーを誘って、その内側に入り込む。ゼミニとの戦闘をじっくり見させてもらって、奴の動きの大枠はわかった。武装の特性が知れたのは大きい。
第二世代ライデンは重量級にも拘らず高い機動性を持っていたらしいが、第三世代は重装の形容に過不足ない機動性に抑えられている。第三世代ライデンではヤガランデの懐に入り込むのは……ましてや背後を取るのは至難の業だろうが、アファームドであればその限りではない。レーザーは継戦能力に乏しいリチャージ時間が必要だが、それはアファームドの持つ瞬発力を殺さないための調整だったに違いない。〝商品〟として運用しメンテナンスを重ねる中で、それが見えてきているところだった。そのピーキーさを、ここで発揮する。
俺はさして狙いも定めぬまま、ガンランチャーをヤガランデの巨体に向けて一発、放つ。緩く射線の通った弾は取り敢えずは当たると言った程度のもの。ヤガランデは滑るように、だがその巨大な図体には似つかない滑らかな速度で、それを回避する。そしてそのカメラバイザーを備えた頭部と思しき部位が、俺の方を向く。
そうだ、こっちを見ろ、木偶の坊。リンナは距離を取って攪乱と援護を頼む。
わかった……死ぬんじゃないぞ
武運を祈っててくれよ、天使様
ふざけたやつに慈悲は注がれない
GetReady.
リンナと俺は散開し、俺がアファームドで目下のヘイトを買う。俺が背後を取る必要があるのだからリンナの慰撫がタゲられていた方が都合がいいのは間違いないが、ヤガランデにとっても近い方を無視して遠くにいる方を睨み続ける妥当性は無いらしい。一発目を撃った俺の方に正対し続けている。それでもエンジェランの氷竜は無視し続けるのが難しい高性能な火力支援だ、ウィングボールも然り。ヤガランデに鬱陶しいと感じる知性があるかは判らないが、一瞬でも注意がそちらに向けばそのチャンスを絶対にもぎ取る覚悟が必要そうだ。
スーパー・ボムを転がし、起爆タイミングがヤガランデから俺への射線に重なるようにボムの軌道を追いかける。一般的なバーチャロイドの武装では比較するに烏滸がましい巨大なバスターランチャーも、ボムの爆発的エネルギー攪乱では一応の相殺ができそうだった。それでも、無制限にボムを投げ続けられるわけでもない。左右にダッシュ軌道を振ってバスターランチャーの照準を惑わしながら、ヤガランデに対して密接距離での駆け引きを持ちかける。
常識はずれの巨体のくせに高い敏捷さを確保しているヤガランデに、なんとか食らいつく。腕のバスターランチャーに対して、内側の下に潜り込むように動き続け、狙いづらそうな足元に張り付き続けながら、ひたすらその時を待つ。一撃が、不意にボムの爆散力を突き抜けて来た。
おっかねえ!あんなでけえ弾、当たったら一発でお陀仏だぜ……!
やはり尋常じゃない出力、基本的には一定のレギュレーションに収まっている(それはルールと言うよりもヒトの技術の添乗に頭を擦り付けているようなものだが)戦闘用バーチャロイドのものとは全く違っているらしい。
気をつけろ!一撃で大破したらレスキュー竜どころじゃない!
わかってる……!
わかっていたところで、躱しきれるものかといえばそうではない。限定戦争中の局面内でさえ、回避に徹しても殆どの場合無傷ではいられないのだ。こんな化物を相手にして、生き延びられるか……
ゼミニ、君は、何ていう道を……!
巨体を滑らせるように移動しながら、バカみたいなサイズのバスターランチャーの三連射が飛来する。絶望的な面制圧、大回りで回避して間に合う保証がないが、弾の間をかいくぐるのだって正気の沙汰ではない。
っ!っざけんな!
窮してジャンプしてしまう。上下にまで追尾してくる弾ではなかったが、今この瞬間は足元は触れれば死ぬ超高熱の弾が行き交っている。弾が通り過ぎるのを待つため空中でブーストをかけて滑空し着地までの時間を稼ぐ。
ヤガランデ本体の方を見ると、高さを意識して上向きに弾を放ってくる。しかも弾速が速い。足元の確認が、死角となって難しい。地対空バスターランチャーが迫るが、着地を怯えてしまう。これは―
先発の弾は通過している!降下ブーストで着地しろ!
……!助かる!
遠く距離を取っているリンナからは、放たれた攻撃一つ一つを俯瞰できるのだろう。それ以上に彼女の冷静な分析力もある。リンナの言葉を信じて思い切り下に向けて降下ブーストし、地対空バスターランチャーを頭上に見送る。
っぶねえ……
気を抜くな!
ヤガランデが更に攻撃を重ねてくる、と思ったが、エンジェランの竜がまとわりついてそれを阻止していた。氷のブレスがトップアタックを仕掛けている。周遊して敵の注意を奪う徘徊型攻撃システムとしてのウィングボールは、ヤガランデが大きく動けば即座に自爆攻撃に向かって縛り付けていた。いずれもヤガランデの装甲に対してどれほどの効果を持つかはわからないが、ヘイトを買い撹乱している。
巨大エネルギーバスターランチャーとは逆の腕から、虹色に光る奇妙なボールを放ってきた。直感的に、あれが爆風を伴うボムのような特殊武器だと感じた俺は、思い切り距離を取る。案の定、地面に着弾するとアファームドのスーパーボムより一回りも二回りも大きな放射範囲に爆ぜて、範囲を焼いた。特殊な光学兵器だったらしい。曝された地面は奴の肩のレーザーの持つ破壊力に負けず劣らずの爪痕を地面に刻みつけた。大きく円形に抉れ焼けた影響範囲は、その威力を物語っている。致命的な破壊力を持つ武器が、腕のバスターランチャー、それに肩のレーザーだけではないことに、背筋が凍る。何を放ってもそれは死の押し売りなのだ。
これほどヒリついた回避を繰り返しても、やつは本命を撃ってこない。待っているのは、これじゃない。
見てられない、やはり私も体を入れる
リンナをこの死合に巻き込むわけにはいかない。これはゼミニの命の取りこぼしであり、ハツネの生の残骸であり、そして俺の我欲だ。そこから弾道データを俯瞰してデータリンクをくれ
客観すればほぼ自殺願望なこの場に、リンナを招き入れることだけは避けたい。ああして俯瞰位置から正確でリアルタイムな3D戦術データを提供してもらえるだけでもかなり助かる。
だが、リンナは黙っていなかった。
言わせておけばさっきから勝手なことばかり言いやがって!なんで私がお前に守られるみたいな立場なんだ!?私はお前の隣で戦いたいと言っているんだ!ぁ
……急にメロいじゃんか?
ろ、ロッテとしての話だ、変な意味に捉えるな!
へいへい
こんな時にそんなこと言わんでもいいだろ、調子狂うな。これじゃあ、ゼミニにほだされたとか言って、ヤガランデに突っ込んで死ぬなんてモブ男みたいな退場、できねえだろ。
頼む。一人じゃ重てえわ
最初からそう言えばいいんだ。私がいなくなってツインリンクが外れたら、そんな微妙機体、一瞬で蒸発だぞ
今度は急に失礼かよ……
慰撫が距離を詰めて、有効攻撃範囲……俺の隣に降り立った。
離脱しろなんて言わねえから、せめてもう少し後ろでお前の仕事をしてくれ
状況次第だな
そうだ。こいつ、エンジェランで前ビ当てるのが好きなヘンタイなんだった。
といいつつ、少しだけ後ろに引いた。少しホッとするが、ヤガランデの攻撃範囲と図体のデカさの前に、多少の前後距離に意味があるかはわからない。
ヤガランデがもろとも薙ぎ払わんとバスターランチャーを乱れ撃ち、光学爆弾を放出する。ボムと同等の機能を果たす光弾に、敢えてボムを投げつける。双方がそこで炸裂してその場で止まる。一方の大型バスターランチャーの弾は慰撫を狙う。山なりに飛ぶ巨大なエネルギー弾を3発。俺の感覚では躱すのが至難の業に思えたがエンジェランは比較的危なげなくそれを上下に振ってやり過ごした。
防御的行動を取る俺とリンナをよそにヤガランデはすぐに横方向に走り、次のバスターランチャーを放ってくる。連続で迫りくる巨大な弾幕をばら撒いて俺達を更に走らせた。エンジェランと距離が離れ、互いの攻撃を支援することは難しくなったが、ヤガランデのヘイトが大きく裂けるのは望ましかったかも知れない。
こっちだ!
ヤガランデの攻撃が俺のアファームドTDに向く。とにかくいちいち巨大な攻撃判定が、徐々に俺の逃げ場を削り取っていく。全力で軸をずらす移動をしなければ、弾の残り香にさえ触れてしまいそうになるが、それでは目的を達成することが出来ない。リスクを承知で、斜め前方向へのブーストを織り交ぜながら、ヒリつく回避を続けた。一撃でも貰えば、終わる。
今はギリギリ躱し切ることができているが、次から次へと攻撃の手が休まることがない。迫る大型バスターランチャー、妨害する光学ボムを何とかかいくぐって、ヤガランデの懐に貼り付き続けようとする。
だが、いつまで?いつまで回避していれば、背後を取って、一撃を加えることができる?
僅かに生まれた不安の種を、リンナがしかし一蹴に消し飛ばしてくれる。
弱気か?
……まだだ!
リンナからの檄で気を持ち直す。なんとしても成し遂げなければいけない。
こっちも忘れるなよ!
俺の方を執拗に追い攻め続けるヤガランデに向けて、慰撫は前方向に全力ブーストしたジェネレーターからの余剰エネルギーと移動の運動エネルギーを乗せた氷弾を放つ。V.コンバーターを狙っているようだったが、それはヤガランデの回避行動で位置がずれる。だが、確実にダメージが入っているのを見逃さなかった。
効いてる、のか?
有難え。再生したての体じゃ、装甲も柔らかいか?これで〝商品〟も有効そうだってわかったぜ
エンジェランの攻撃を背後から受けて優先度が変わったことで、ヤガランデはロックを慰撫へと切り替える。
そっち向いたぞ!
わかってる。さあ、踊ろうか、子猫ちゃんッ!
リンナが若干距離を取ってヤガランデの攻撃をいなし続ける一方、俺はバスターランチャーやボムの内側に入り込もうと前へ前へ突出し続ける。あの足元に潜り込むことが回避に有効で、かつ、背後に回るときには最短距離となる。
〝商品〟は既にスタンバイ状態だ、機会が訪れればいつでも投射できる。だが、その機会が来ない。
さっさと撃てよ、とっておきって奴をよお!
ライデンをも凌ぐかも知れない光学兵器を具しながら、なかなかその機会は訪れなかった。慰撫が距離を取り、アファームドが密着を期して立ち回るが、容易ではなかった。地対空バスターランチャーの制空圧は高く、エンジェランでさえ自由に飛び回ることができていない。一方の地上でも、巨大過ぎる弾丸のせいで満足に貼り付くことが叶わない。一撃でも貰えば死か、良くて大破だ。そのプレッシャーに内心潰されながらヤガランデの攻撃を回避し、あるのかもわからない一瞬のチャンスを待ち続ける。
だが、そのチャンスは想像だにしない形で現れる。
拙いっ
っ、離れるぞ
ヤガランデの高圧な攻撃に耐えかねて追い回される状態になり、距離を取って回避と攻撃を繰り返していたリンナと、迂闊にも軸が重なるような位置取りに入ってしまう。自分への攻撃の流れ弾が僚機に当たる恐れがある、避けるべき配置だが、現実的には乱戦となれば発生しがちな状況だ。なれたリンナはすぐに俺から距離を取ろうと陣地転換を試みる。
そして、ヤガランデはそれを見逃さなかった。二機を一網打尽とする機会と判断したのか、俺とリンナが同時に射程内に入ったこのタイミングでいよいよレーザーをスタンバイしていた。
特徴的なレーザーユニットが唸りを上げ、圧倒的な破壊力を生み出すエネルギーの滞留が周囲に激甚なノイズを撒き散らす。一時的にセンサ類が障害しオートロック不可となる。恐ろしい破壊の波濤が齎される前兆。食らったりすれば、文字通りの蒸発。
だが、待ち焦がれていた瞬間でにあった。
来た、10way……っ!
TDタイプだがアファームドの瞬発力は健在だと信じて、一気に前方へ全力推進;姿勢を低く崩してスライディングに近い体勢で、潜り込もうとする。これを逃せば、二度と無いかも知れない。俺の命の方も。
一本一本が独立した砲向誘導と、ひと撫ででバーチャロイドを焼き殺すほどの火力を持つ超兵器。周囲を一気に薙ぎ払い形あるもの何もかもを蒸発させる恐るべき攻撃だが……照射に際して足が止まることと俯角が弱いことには気付いている。一撃で死が確実な光線の、その発射口に向けて敢えて突き進む自殺行為にしか思えない行動だが、貼り付き続けていたのはこのためだ。レーザーの俯角の内側に入り込む事ができれば……!
行くしか無い。
頼む、抜けてくれっっっ!
レーザー照射口が俺の方を向いている。これが、俺の動きを捕捉しきっていたら、俯角を振り切れていなければ、終わりだ。このレーザーを受けて眼前で蒸発した無数のバーチャロイドを思い描く。
半ば祈るようにロケットブーストを吹かす俺の突出を察したリンナが、連動する。
こっちを見ろ、バケモノ!!
リンナの慰撫が、氷竜の召喚を引っ提げ、対偶の杖から距離を詰めながら氷弾を放つ。少し気の抜ける羽ばたく翼の付いた卵も煽るようにヤガランデの前を飛んだ。それに誘い出され、俺の方を追っていたレーザー照射口の幾つかが俺から離れ、竜を、オパを、そして慰撫本体を睨み直す。
そしてついにレーザーが斉射される。網膜を焼く眩しい光とともに、奇妙な高周波音が耳から頭蓋の内側を不快に擽ってきた。そしてその射線は―
氷竜は一部が溶けて昇天し、ウィングボールは溶けて消滅した。慰撫は急上昇で回避していた。問題は、俺だ。
内角に入り込んだ俺を睨み続けるレーザー照準が光り、破壊光線が俺のアファームドTDめがけて放たれた。それは……スライディングで低く倒した俺の頭上をギリギリ抜け、装甲の表面が削り取られるように蒸発した。だが、問題ない。問題は、ない!
入った!
足を止めてレーザー照射しているヤガランデの、その足元に入り込むことに成功した。
まずは第一段階突破。次は、十本のレーザー照射口がそれぞれ肩ユニットに元通りに収納される間に、奴の背中にまで回り込めるかどうか。
なるべくのんびり仕舞ってくれよ……!
崩れた姿勢を綺麗に正す余裕はない。ブーストダッシュと言うよりも、もはや自分の体をロケットでふっとばしているような状態だ。それでも、一刻の猶予も許されない。
そのまま暴力的にブーストを吹かして突き進む。ヤガランデの……足元……その横……見えた、背中、V.コンバーター!
転がり込むようにヤガランデの背中側に落ちる。大慌てで体勢を立て直し、〝商品〟の勝者準備にはいる。狙うは、ギリギリ見えるヤガランデの背中のV.コンバーターだ。
はっ、背中がお留守だぜ
射撃シークエンスは、肩と脚のミサイルを斉射する体勢と同じだ。仁王立ちのような姿勢で、肩に備わったレーザーユニットを起動する。
蓮の花が開くかのように優美な、しかし獲物を一撃で仕留める残忍さを秘めた瞬速で、特徴的な高集積フェイズドアレイレーザーユニットが展開する。
一般攻撃モード:剃刀のように鋭利で精緻に重なり合うフィン一枚一枚にずらりと並ぶ発振器を、前段レーザーによる光励起で後続レーザーを励起させる形で連鎖的に多段連結することで、最終出力結合鏡から放たれる増幅レーザーのピーク出力を最大化するモードだ。
第三世代ライデンではこの様な仰々しいレーザーシステムはオプトアウトされバイナリーロータスは退役している。今はより効率的でスマートでおとなしいユニットへ置換されているが、単純な破壊力で言えば今でもこの方式に分がある。……地上運用の可搬兵器として運用されるには明らかなオーバースペック。
だが、この暴力性が、今は有り難い。
10wayレーザーの照射後硬直が終わり俺の方へ向き直ろうとするヤガランデ。振り返られると背中のV.コンバーターが狙えなくなる。
間に合ってくれ……!
ぬるりと振り向こうとするヤガランデの足元で、突然爆発が発生した:慰撫の大氷弾だ。大きなダメージには繋がらないが、足元の爆発は僅かにヤガランデの体勢を不安定化させ、旋回を遅らせた。それに加えて、慰撫が高い機動制でヤガランデの足元に滑り込む。
おとなしくして、い、ろぉッ!
近接間合いに潜り込んだ慰撫は、俺の方へ旋回しようとするヤガランデへ向けて対偶の杖を振り上げる。同時に、錫杖の頭部が光を放つ。次の瞬間、対偶の杖の頭部に矛先が現れ、その姿はさながら槍の様に変貌した。支援タイプの機体として認知されるエンジェランらしからぬ攻撃的な近接武器を獲得し、氷雪エンチャントされたその槍をヤガランデへ振り下ろす。ヤガランデは旋回の足を止め、鋭い槍の一撃をガードしようとする。
旋回が、完全に止まった。パーシャル・コンバート機構なんていつの間に搭載していたんだ!?
天使様、愛してる!
うるさい、そいつを焼いてから言え!
ああ、そうするさ!
リンナの足止めの甲斐あって、バイナリー・ロータス・クローンの照射シークエンスが間に合った。ヤガランデのV.コンバーターまで、まっすぐに遮るもの無く、通っている。
これで終いだ、喰らい、やがれ!!
超過充填での一般攻撃モード:多重結束レーザーが、ヤガランデのV.コンバーターを照準し、そして、閃光を放った。
光線の射線だけでなくその周囲の空気のまでプラズマ化を撒き散らす。非キネティックなエネルギー兵器にも拘らず、空気を殴りつけ引き裂くような唯物な轟音を響かせて、レーザーはヤガランデの背面、V.コンバーターを焼いた。
だが。
畜生ッ!消えねえのか!?
隠しモードのカタログスペックと過充電運用の計算から言って、一発だけなら十分過ぎる火力が得られているはずだ。リンナの神アシストは的確に足回りを阻害し、計測上レーザー照射地点に余計な干渉も生じていない。レーザーは間違いなくヤガランデのV.コンバーター部分を灼き、目視で確認できるほどに溶融している。V.クリスタル質が塗布されたディスクは蒸発して消失しているように見えた。幻影を維持する源泉は失われたはずなのに、ヤガランデは消失しない。
未だに姿ははっきり顕在で、実態も質量も残っている。幻影じゃ、ないのか?一時的に動作を停止してはいるようだが、撃破と喜べる状態には思えなかった。
奴の顕現は、V.コンバーターで維持されているんじゃないのか!?
作戦は失敗だ、アレク、退避するぞ!
何が幻影だよ、畜生!
ゼミニ機のディスクを取り込んだことで、実体化が完了してしまったんだ。しかも……彼女の悪意は、ヤガランデにとって相当美味しかったらしい。最悪の事態だ
実体化が完了した以上は、奴のV.コンバーターはもはや何の意味もないただの箱ってことか
今は止まっているが、またいつ動き出すか……
計器類はあらかた警告発報し、アラート音が耳障りな割には物悲しく重なり合っている;一部の表示は既に消灯しており情報が取得できていなかった。過充電から、エネルギーを一気に放出した上、他部位の消費電力も回し見かけ上の過放出を行ったレーザーユニットでは、露骨で致命的な障害が発生していた。ユニットから派生した給電周りの障害が他の箇所にも影響を及ぼしている。本来障害の遡及を切り捨てるメリットを持ち合わせるはずのユニット・システムだが、他の部位の電力を流し込むために臨時で論理結線した導線のせいで、武装側の障害を堰き止めていないようだった。
それ自体は正直なところ、想像の範疇だ。それでもレーザーユニットへのエネルギーバイパスは一時的なものだ;多少の時間もあれば供給が回復し障害が復旧することを期待していたが、希望的観測が過ぎたらしい。
アレックス!
……バーニアが噴かない。とんだピクニックだ、帰りがこんな場所から徒歩とはなぁ
一時的に停止こそしているがヤガランデは健在だ;こんな無防備を晒して徒歩で帰らせてくれるはずがない。高機動系の回復を祈るように見張りながら、生き残った低速駆動系だけでその場を離れようとする、が、絶望的だ。絶望を決め込んだわけじゃない、可能性は目を皿にして、指向をフル回転させて、探っている。いつ高機動系のコントロールが復旧しても即座に離脱行動に移れるように心臓は血流を増幅させ続け、頭は氷水を流し込んだみたいに冷静だ。それでも、可能性が浮かんでこない。機体を破棄して離脱してもヤガランデの広範囲攻撃に巻き込まれて蒸発するだけだろう。
この際足なんか動かなくていいからバーニアを再稼働させられないか。別に電力不足が原因で停止しているわけではなさそうだ。ハードウェア的に回路が灼ききれている可能性がある、もしそうであれば何をどう捏ね繰り回したって修理しない限りは動くまい。クリスタル・ノイズを考慮して第二世代までは残っていた緊急用の機械制御系も、現代のバーチャロイドには備わっていない。
動いてくれ……あいつが目を覚ます前に
冷静さを失わぬようにしていることが、かえって絶望の輪郭線をくっきりと浮かび上がらせる。一度あれが機能を取り戻せば、すぐさま攻撃行動に入るはずだ。その時この状態のままでは、確実に、死ぬ。他の箇所こそ動作を見せないが、頭部と思しき部位に備わるカメラバイザーはこちらを捉えている。その方向は、バーニアを使えない低速駆動で動くしかないこちらの方を、確かに追いかけている。
ヤガランデは機能停止していない!アレックス、機体がまともに動かないならコックピットを出ろ、サルベージに行く
いや、今のうちにリンナはここから離脱しろ。エンジェランの装甲じゃ、一撃貰うだけで戦友の形見がおじゃんだぞ、お前自身もだ
うるさい、慰撫にこれ以上十字架を背負わせられるか!
見ると、リンナの慰撫がエクロージョンモードの予備動作を見せている。機械とは思えない有機的な翼が広がり、エンジェラン系統で最も神々しいとされるエンジェランの姿が現れた。ああ、何度見ても堪んねえな、エンジェランのあの姿は。
おいおい、天使様のタクシーかよ……
だが正直、他の可能性は全部潰えていた。唯一生存の可能性があると考えられたのは……リンナに助けてもらうことだ。だが、それも彼女が俺をうまいこと救い出した上、ヤガランデからも逃げ切れるという前提で、しかも俺はその間に何の協力もできない。
……情けねえな
戦場でそんなくだらない感傷は捨てろ。って、お前から聞いた言葉だったんだがな?
憶えてねえよ。憶えてたって、このシチュで言えるか
お前なら言うと思うが
んだよそれ
一縷の望みをかけて計器類を舐める、相変わらず駄目だ。安全装置を外し、コックピットを開く。望むヤガランデの巨体、高速で迫るエンジェラン。バーチャロイドの高さは下に落ちても十分死ねる。四方八方全部「死」。ここから飛び出して、リンナの手に収まる事ができるのか;鉄道に飛び込み自殺でもするような気分だった。
命を張ってない、なんて言われて、実際に死を実感する瞬間が、こんなだなんてな。くだらない人生だよ、確かに
行くぞ
エクロージョンモード中のエンジェランの速度なんて、俺の形の血の跡が手に残るだけ、なんて結果にならんだろうな?
速度制御くらい、やってみせる。ヤマネコに食われるより、私の手の中で死ね
何だよそのプロポーズはよ
冗談が言えるなら、上等だ……来い!
ええい、ままよ!
エンジェランの姿が迫ってくる、生身で見るとゴツいフォルムとは言い難いエンジェランでさえ、やはりバーチャロイドはでかい。そのバーチャロイドが全速力で近づいてくるのだから、はっきり言って恐怖心がいや増して足元が震え上がる。掌を広げて迫る巨大ロボットに向かい、合わせ方もよくわからなくなるタイミングを精一杯に合わせて、コックピットハッチ前のタラップから意を決して飛び出した。瞬間、少し、いや相当に硬い衝撃が全身に走りながらも、俺の体はどこも潰れたり吹き飛んだりせずにエンジェランの手の中に収まることができた。リンナの瞬間的な減速制動が、成功したらしい。
ナイスキャッチ、死ぬかと思ったぜ!
〝彼女〟の魂が応えてくれた。こんなに上手く制動できるとは、思ってなかった
……え、それって俺が潰れてたかもしれないってことかよ
だからさっきそう言っただろう、死ぬならここで死ねって
マジかよ……
加速するぞ、ここを離脱する
待て!
どうした、ヤガランデが起きたのか!?
いや……下を見ろ
センサーが人間の声を検出した。その方をスーツ内蔵のカメラで拡大すると、全く生身の姿の少女が一人、ヤガランデと俺のアファームドの間ほどに立っている。仮にもさっきまで戦闘が行われていた空間に、人の足で入って来れるほどの空白時間はなかった筈だ。
大きな反応を感じたから来てみれば、コピーキャットとはねぇ。でも……模造品にしてはゲートフィールド反応残留が大きい。シャドウもいたっぽいけど
所属識別信号なし:参戦情報なし:搭乗機体情報なし;武装なし。応答もない、思っていたが、存外にあっさりと声が届いた。しかし、その内容は今一つ的を得ない。
あーあ、V.クリスタル質を外部から取り込んだから、実体化が促進されちゃったかぁ
そこの女の子、応答しろ;所属識別信号が出ていないが、人工素体だな?
え、違うけど
はて、生身の少女の声が、どうしてこの距離の俺の耳元に届くんだ。オープンチャンネルの通信機でも使っているのだろうか。リンナの耳にも届いているらしい。
このレンタリアは一五〇六を以て商戦停止判断となっている。そいつは敵味方構わず攻撃してくる危険な事故バーチャロイドだ;そこにいろ、君を回収する。このアクシデントによって、君はこの領域から正式に離脱が許可される。受け取った前金で人権IDでも買って―
うるさいわね。私、娼婦じゃないのよね:さっきの女の人と一緒にしないでくれる?人権IDとか、別にいらないし
少女はヤガランデに向かいながら、何処かつまらなさそうに言う。
しかし、その言葉が……我慢ならなかった。
……お前、彼女を娼婦と言ったな
へ?
ゼミニのことを、娼婦と、呼んだな?
あー。しょうがないじゃん。目的のためにそういう仕事して、そのまま死んだなら
抵抗出来ない大きな存在に、勝手に道を宿命付けられたんだ、彼女の一体何が悪いっていうんだ!
おい、アレックス、今はそれどころじゃ
悪いなんて言ってないんだけど。生まれなんて選べる奴、この世に誰もいないんだよね;私だって好きでこんなことしてるんじゃないし。さっきの女の人だけが特別なわけ?でもま、私は生まれ自体にはまあまあ満足してるかな。自分で変えるか、変えられないなら満足するしか、ないっしょ
君も玩具人格なのか?それとも、人工素体
一緒にしないでって、ゆってるんだけど。私は人間じゃないの
にんげんにんげん、と軽々しく概念を翻して……
さっきの人、それなりの信念があって生きて、死んだんでしょ?だったらその経緯全てにも敬意を払うべきなんじゃないの?知らないけど。
それはその通りだっただろう。仮に周囲から見て愚かに映ったとしても、彼女は自らそれを選択し、成したのだ;あと一歩だけ、及ばなかったが。彼女の復讐を結果から逆算する限りは無駄なことと思う一方で、完全に蔑ろにする気にはなれない。人の生き方をとやかく言えるほど、俺とて立派な生き方をしているわけでもない。
気は済んだか、アレク。あー君、今助けに行くから―
あ、救助とかいらないでーす。あなた達こそさっさと脱出?したら?
なに?
実際、興行に出される女パイロットには、生を憂いて生きる意欲を失っている者もいる。そういう被写体の方を好む視聴者もいるらしく、そうした者も矯正されずに機体に乗せられて戦場に送り出されるのだ。
眼の前に差し出されたエンジェランの手だが、少女はつんとしたままそれに乗ろうとはしない。ここで乗らないということは、ヤガランデの餌食になることを選ぶようなものだ。
自殺希望か。それとも、こういう子がいることが織り込み済みで、ヤガランデが召喚されたのか?ヤガランデの供犠として……
あなた、どこまでも失礼な人だね。私は自分の足で何処にでも行けるの、そういう自分を選んだんだから
話は後で聞くから、今はとりあえず、乗りなさい
いいってゆってんの。私はこの子と話があるの
この子……?
明らかにヤガランデのことを指して言っている。
へえ。ただの製品バーチャロイドでヤガランデを怯ませたの?お姉ちゃんのコピーが手伝ってたにしても凄いじゃん、タダモノじゃないね、あんたたち。リリナ姉が気にいるかも
りり……誰だって?
V.ポジティブも高いし、あなた達、MARZにスカウトされるかも。MARZなんて今やロクな立場じゃないけど
何を言ってるのかよくわからないが……君、名前は
名前、と問われて少女は、満面の笑みを浮かべて腰に手を当てて得意げなポーズをつける。そして、朗らかに名乗り上げた。
私、フェイ・イェン。十四歳、美少女やってまーす
……は?
自認フェイ・イェン……思ったよりヤバいのが来たな……
眼の前にヤガランデがいると言うのに、状況は混乱していくばかりだ。
ヤガランデがいつ目を覚ますとも知れない、逃げるんだ
大丈夫でーす。この子は私がなんとかするんで、どーぞお引き取りください。そのコックピット、三人じゃキツイでしょ
しかし、そういうわけには
彼女にはこの戦闘への参戦情報がなく、当然搭乗機体情報もない。であれば民間人と判断するしかない。派遣傭兵であっても戦争興行中は軍属にあたる、相手が民間人であれば、この状況下で意図的に救助活動を行わないことは戦争犯罪にあたってしまう。だが一方で、この島嶼レンタリアには民間人の空間的居住実態は報告されていない。眼の前にいるたった一人の人間が何者かわからない、高度に情報化された社会にも拘らず、否、それ故に情報網から抜け落ちた者は全くに存在が不可視なのだ:玩具人格……ゼミニのように。
ここに残ると言い張る少女の扱いを決めあぐねている内に、ヤガランデ再起動のリスクは刻一刻と高まっていく。
リンナ。もういい、引っ掴んで連れて行こう。
同感だ。君、申し訳ないがこっちにはこっちの都合がある。連れて行かせてもら―っ!
痺れを切らして彼女を摘み上げようとしたとき、ヤガランデの躯体が僅かに動いた。咄嗟にエンジェランを跳躍させるリンナ。他のバーチャロイドと違って空中機動に物理エネルギーを一切使っていない魔法系(魔法と言っても古典的なものではなく、統一理論によって構築された科学の一側面としてのものだ)であることが幸いし、彼女を反動で吹き飛ばさずに済んだ。とはいえ、彼女がヤガランデという危険の前に取り残されたことに変わりはない。
拙い、再起動している。
巨体にそぐわぬ高速ホバー足はガード硬直からとうに解き放たれており、反重力バーニアを噴いて浮き上がっている。溶融潰滅させたV.コンバーター部分はそのままだが、ヤガランデは確かに再び立ち上がろうとしていた。リンナの仮説通り、実体化を終えた今、ヤツにとってそれは無用なパーツに過ぎないのかも知れない。
パイロットがいるのかも意思があるのかもわからないヤガランデの頭部、それに映るものを何と認識しているのかもわからないカメラアイが、じっとりとこちらを見るのがわかった。V.クリスタルの質感に似たその鈍い眼光は、次いでぬらりと足元の少女に向けられる。
左右の大口径バスターランチャーにはミサイルとプラズマ弾がそれぞれ再装填されているに違いない。あの悍ましい10WAYレーザーにも、再チャージを示すエネルギー反応が現れていた。明らかな、敵意。
逃げろ!
俺がそう叫んだのが聞こえたのか、聞こえていないのか、わからない。彼女は、ただその小さな身体でヤガランデの巨体に正対し、まるで相手が言葉を解するのを承知しているかのように、語りかけていた……語り?
お目覚めね、外因果律系ロステククソデカオバケ!この世界を滅ぼそうったって、そうはイカの塩辛よ!
くそでか……?
しおから……?
ふざけているのか、この絶体絶命な状況で?
リンナは既に飛び上がり、ヤガランデの対空マイクロミサイル、それに10wayレーザーの拡散照射を警戒しながら、滞空姿勢制御を続けている。ここから見える限り、少女の行為には僅かな合理性も見いだせなかった。ヤガランデ相手に言葉を投げかけ剰え指さして仁王立ちの姿勢。俺がヤガランデなら、いやヤガランデでなくとも敵対的主体であれば、容赦なく発砲する。向けられた敵意を彼女は、理解していないのだろうか。
何考えてんだ!なあ、龍に加えて持ってこさせるとかできないのかよ?
あれは命令してるんじゃなく依頼して送ってもらっているものだ、そんな都合の良いものか!くそっ、慈愛タイプなら氷晶壁で強行侵入もできたかも知れないが
再起動したヤガランデは真っ先に、レーザーを見舞ったアファームドTDにバスターキャノンを叩き込む;一撃の下に原型を失い、跡形の残らぬ破片となった。停止中であることを差し置いても、通常のバーチャロイドが叩き出す攻撃力ではない。どんなに甘く見積もっても、あの子を回収するためにヤガランデとの距離を詰めるのは自殺行為だ。
判断が遅かった。彼女の言葉など聞かず、さっさと保護すべきだった
リンナが後悔を口にする。
しかし、それにしたって彼女は一体何故あんなにも余裕……いや、ふざけた言動を見せるのか。興味、といえばこの場では俗悪な表現になる;彼女の思惑を見届けるのがなにか一つの義務のように感じられてしまった。それはリンナも同じだったようで、極力距離を確保したうえで、動きが単調にならぬようにヤガランデの周囲を周回しながら彼女の映像をサブモニタに映し出している。
初期インターフェイスがガラヤカじゃないね、長生きな子だ……わわっ
なっ!?
野郎っ……!
何の照射予備動作もなく、ヤガランデ双肩のレーザー照射器が彼女のいる空間一体を薙ぎ払った。遅れて空気が引き裂かれる様な音が響く。照射された地面の岩と砂が瞬時に溶解して赤黒く変色し、膨縮差で照射された広範囲の地面で爆発が起こった。
人間サイズの生き物では到底回避が間に合わない破壊範囲。少女の生存は絶望的に見えた。人体であれば、一瞬で炭化あるいは蒸発していることだろう。
だが。
ちょっと〜、あんたを保護しに来たってのに、何よその仕打ち!
声が聞こえた。相変わらず、どのように音声通信に介入しているのかわからない、直ぐ傍で喋っている様な不自然な音声。リンナは範囲センシングを展開して発声源の所在を探る。隠れているつもりもないのか、その姿はすぐに検出された。ヤガランデのレーザーが照射される前と寸分違わぬ姿のまま、しかし、ヤガランデの背後にいる。
な、なんだと、一体どうやって
立体映像なのか?
瞬間移動したようにしか見えない所在座標の遷移。まるで、定位リバースコンバートのようだ。だが、生身の生きた人間を定位リバースコンバートするような装置は、周囲には全く見当たらない。勿論立体映像を投影するドローンもいない。
どういうトリックなのかヤガランデのレーザーを回避した少女は、こともなげに言う。
もうっ、しょうがないなあ、ちょっと無理やり連れてくからね!みゅーじっく、すたんばい!あーゆーれでぃ〜っ!?
「「はぁ?」」自認フェイ・イェンの少女が、何やら黄色い声でステージ上のマイクパフォーマンスのように、ポーズを付けて高らかに宣言した。
どこからとも無く軽快な音楽が聞こえる。音声キャストドローンの姿もない、一体どういうトリックなのかと思えば、少女が自分で携帯型音楽プレイヤーと小型スピーカーを腰当たりにぶら下げている。いやそれにしてもこの音声ボリュームは、あのスピーカーから鳴っていると言うより、この不思議に耳元に響いてくる少女の声と同じように、すぐ傍から響くような奇妙な存在感があった。
私の歌を、聴っけぇーーっっ!バーチャル・ウェイク・アップ!
ヤガランデという極大の危機を目の前にして全くふざけた振る舞いを見せる女の子だったが……突然、少女の体がピンク色の光に包まれる。熱源を伴わない発光現象、それもかなりの輝度だ。視覚レベル光学カメラは白飛びして何も映し出していない。だが計器類は、その光の中にしっかりと捉えていた。
な、なんだ?
センシングがジャミングされて……いや違う、不期バーチャロン現象アラートだと?
ピンク色の眩い光の中に埋まり姿が見えなくなった自認フェイ・イェンの少女のいるだろうベクトルから、ゲートフィールドの反応が現れていた。
ゲートフィールド自体はバーチャロイドをリバースコンバートしたり、定位リバースコンバートによって長距離航行する際に発生するCIS干渉場のことだが、制御されていない、もしくは準備無くVポジティブの低い人間やノイズ対策されていない機器が場に曝された場合、余波によって意識障害や機器の不具合を生じたり、より凄惨な結果を招きねない。そのためにゲートフィールドの界面活性を検知するとアラートが発報されるのだが……このピンクの光が、ゲートフィールドだとでも言うのだろうか。
何が起こってるんだ、あの光
あの少女を包んでいるピンクの光の中が、リバースコンバートの発生座標?
放射されているゲートフィールドノイズ的には、傾向が似ている。何が投影されているのかは見えないが……
あの子はどうなってる
何が投影されるにせよ〝上書き〟されるんじゃないだろうか
ゲートフィールド自体は既存の物理三次元空間の何者とも空間競合しない、つまりその座標に何かが既に存在していたとしても関係がない。そのフィールドへリバースコンバートを行うと、既存の空間充溢物とリバースコンバート投影物は、結果として物理的に結合した状態に変質する。例えば人間が存在する場所に自動車をリバースコンバートすると、よほど上手く位置を調整しない限り自動車の運転席に据わった人間が出来上がることはない。殆どの場合、自動車の各素材に人間の肉質が絡み挿し合った状態が出力される……つまり、その場にいた人間は自動車の素材によってズタズタに引き裂かれて死に、死体は自動車に埋まる。そうした事故を避けるためにアラートが鳴るのだが、あのピンク色の光がゲートフィールドで何らかのリバースコンバートが発生するのだとすると、その中心にいる少女がどうなるか……リンナが言葉を伏せた通りだ。
やがてピンク色の光が輝度を下げ、連動して警告音として響いていたアラートが止まった。コンバートが終わったのだろう。この光がリバースコンバートの余剰エネルギーの発光現象だとすれば、この光が薄まり消えた末には〝上書き〟を受けたされた少女の姿が現れる筈だ。そして、光の中心にいたのは。
あなたの胸に、エモーショナル・ハート❤バーチャロイド:フェイ・イェン、お目覚め完了✨️
バーチャロイドであった:フェイ・イェンタイプ。言葉を発している、元の少女の声と同じように思えた。これは。
ひ、人が
バーチャロイドに……
いわば。
あり得ない、だが眼の前で起こったことは、それ以外の何者でもない。普通の人間と何ら変わらないサイズの普通の人間にしか見えない少女が、光りに包まれて再び現れると、巨大ロボットになっているだなんて。それはまさに、変身、の二文字が相応しい。
だが、一体どうやって。
人間をコックピットに正確に収める形で外部からバーチャロイドの機体を投影する実験は、行われたことがあると聞いたことがある。だが、バーチャロイドの搭乗システムがそうなっていないところを見ると、その実験はことごとく人間とバーチャロイドのグロテスクな合体を見ただけだったに違いない。だが、眼の前にある光景は、どうだ。
じゃじゃーん⭐️お待ちかね;機械仕掛けの美少女ヒロイン、満を持しての登場よ。拍手の一つもくれたらどぉお?
新手のリバース・コンバート技術、なのか?
新手と言うよりは、こっちがオリジナル。あなた達が使っている定位リバース・コンバートは私のこれを模倣したものだから
コックピット寸型を正確に捉えた、リバースコンバートによる搭乗シークエンス……?君は、パイロットだったのか
違うよ。さっきの〝自認フェイ・イェンの女の子〟そのものだよ、この体が。私はバーチャロイド、フェイ・イェン。これで本物だってわかった?
本物って言われても、本物とは何なのかわからない。俺の知っている本物のフェイ・イェンは、変身ヒロインでも巨大化メカバレ少女でもない。
俺が事態を飲み込めずに当惑していると、しかしリンナは何かに驚くように目を見開いている。
まさか〝オリジナル・フェイ・イェン〟……?
だからそうだってゆってんじゃん
オリジナル・フェイ・イェン、とはなんだ。リンナは何かを知っていそうだったが、〝エンジェランの約款〟に何か関連する事項が含まれているのかも知れない。
フェイ・イェンはゆっくりとヤガランデの方へ向き直り、今も全兵装を臨戦態勢にしたままの巨大バーチャロイドに対して臆すること無く仁王立ちしてみせる。
ヤガヤガ。安心しなさい;ネグレクト親の元に、ちゃんと送り返してあげるから。恨みをぶつけたいのなら、お前を捨てた親本人にぶつけなよ。そっちの方がスッキリすると思わない?
親、だと?ヤガランデには、作り手がいるのか
無から有が生まれたりはしないでしょ。この子を作り出したのはこの次元の旧支配者達よ;旧ったって、別にまだ向こう側でピンピンしてるけど。彼も、向こうではこんな姿じゃなかったけどね。これはこっち側の人間が思い描いた形だから
一方のヤガランデは、フェイ・イェンの意図を酌んでいるようには見えなかった。チャージを終えたバスターランチャーを、バーチャロイドの姿に変身したフェイ・イェンへ向け、そして放つ。
もうっ!私は敵じゃないっつーの!
!は、速い
放たれた大型バスターランチャーからの巨大なエネルギーキャノンを、しかしフェイ・イェンはその発射を目視してから悠々と身を翻す。一発一発がバーチャロイドの背丈ほどもある巨大なキャノン弾の間を舞うようにすり抜け、しかし距離を離すでも懐に入るでもない、ただその場で悠然と回避していた。
ダメね、話を聞いてくれそうにない
普段見ている戦闘用バーチ戦闘用バーチャロイドとしてのフェイ・イェン型とは比較にならなかった、まるで瞬間移動。さっきレーザーを躱したのは、この驚異的な速度か。
だが、躱し続けているだけで事態が好転するわけでもない。ヤガランデは対話の姿勢を見せず(そもそもコミュニケーション可能な存在であるかさえわからない)フェイ・イェンに向かって攻撃を継続している。あの攻撃がいつ傍にいる慰撫の方に向くか気が気でない。彼女を助けるために慰撫を地上に降ろしたリンナを責めるつもりはないが、フェイ・イェンがヤガランデのヘイトを買っているから助かっているだけだった。リンナの腕が、ヤガランデの攻撃をこれほど鮮やかに回避しきれるかどうかは……わからない。リンナの方を見ると、信じられないものを見ているような表情で瞬きさえ忘れている。
リンナ、今のうちにここから離脱しよう。彼女は……大丈夫だ
しかし
呆気にとられていた彼女が、我を取り戻し操舵桿を掴み直す。オリジナル・フェイ・イェンらしき機体がヤガランデと交戦中である、これを放置して離脱しても良いものか、判断しあぐねている。
せめて、回避が間に合う距離を確保しておこう。応戦するにしても、それからだ
……そうしよう
対偶の杖をスタンバイ状態にしたまま慰撫は、軸を合わせぬよう慎重に折れながら後方へ下がる。その速度とて相当なものだが、眼の前で繰り広げられている大怪獣vs超高速の光景を目にすれば安心できる速度には思えなかった。
やっとぉ?私は置いてけってさっきから言ってたのに
君が、まさかこれほどとは思っていなかった
そうそう、フェイ・イェンちゃんを見直せ見直せ
だが、そこからどうする。ヤガランデを撃破する必要があるんじゃないのか
ヤガヤガがこの調子じゃあ……そうなるかなあ
あくまでも余裕な口調を守っているが、しかし先程からフェイ・イェンが一度も攻撃を繰り出していないの誰の目にも明らかなことだった。脚が速いのは山々だが、まさか回避に手が一杯で攻撃を繰り出す余裕がないのかも知れない。
フェイ・イェン、援護が必要なら言ってくれ。エンジェランとて、模造品だがただの戦争用バーチャロイドではない、乗っている私だって、そのつもりだ
おーけー、ありがと。でも大丈夫。この子は手荒な方法よりいいやり方で、お引き取り願うから。
もっといいやり方?
見せてあげる、フェイ・イェンちゃんの超必殺奥義!でも、そう簡単に使えるものじゃない……3ゲージ技だから
3……?何やら意味のわからないことを言って、俺達の方を見る少女。人間の少女が突然巨大ロボット兵器であるバーチャロイドに変身しただけでもわけがわからないのに、そのバーチャロイドが人間のように有機的に動きながら人間のような言葉を話してくる。しかも意味がわからないことを。
それは、どういう―
太古の昔、女神を地上に降ろし、その栄光を讃えて慈悲と奇蹟を仰ぐための儀式があったそうよ。そう、まさに今の私、女神
女神
自分で言うな
超強気じゃないと使えないのよ
だからさっきから何なんだ
呪文を唱えて、私にパワーを貸して
デパートの屋上のあとアクションじゃあるまいし。
ご唱和ください!〝モエモエキュン〟!
……えっ、俺達?
ここにリスナーはあなた達しかいないじゃない。〝モエモエキュン〟!さんはいっ!
……
さんはいっ!
フェイ・イェンは自身の持つ細身の剣を、タクトかなにかのように振って、俺達にそれを言わせようとする。呪文、らしいのだが。
も、もえもえ
きゅん
邪教かあるいは何某かやましい新興宗教の経か呪文のような文言を唱えろという。もちろん警戒心はあったし、これが仮に彼女の言うように女神を地上へ降ろす聖なる儀式出会ったとしてもヤガランデを眼前にした危機的状況で行う儀式のようには思えない……のだが、何か得も言われぬ妙な強制力があった(ただのノリと勢い、だったかも知れない)。
もっと腹から声出せ!
アッハイ……もえもえ、きゅん
もえもえきゅん
元気が足りない!
モエモエキュン
モエモエキュン
なかなかいいわよ!
これは……何をやらされているんだ。
邪念を捨てて心頭滅却、そのまま続けて!
モエモエキュン!
モエモエキュン!!
自認フェイ・イェンの少女は、左右の手の人差し指と親指でハート型を作りそれを胸の前で左右に揺らす奇妙な踊りを見せる。一定のリズムで左右に振ってから、指で作ったハートを前に押し出すような動き。それら全体を一連の舞としてそれを焚き付けるように、この謎の呪文を唱えて煽れと言うらしい。古代の儀式の呪文?本当だろうか……。
まだ変身前の少女の姿でやられた方がマシだったかも知れない。今目の前でハートを作って可愛らしく踊っているのは、他でもないバーチャロイド・フェイ・イェンである。確かにフェイ・イェンタイプのバーチャロイドは、限定戦争中のヒロイックな兵士をモデルに派生型が作られるほど偶像であることは確かだ。だが戦争に参加すれば他のバーチャロイドと同じ用に遭遇する機会もある人型ロボット兵器であることも間違いなく、その兵器がくねりくねりと踊っているのだから見ていてこれ以上奇妙なことはない。
モエモエキュン!!
もう一声!!
「「モエモエキュン!!」」バーチャロイド・フェイ・イェンに促されるまま余計なことを考えるのをやめ彼女のリズムに合わせて〝モエモエキュン〟の呪文を繰り返し唱えていると……高揚している自分を否定できない。リンナでさえ、汗ばんだ熱っぽい声色で呪文を唱えている。これはある種の宗教的熱狂なのだろうか……などとは全然思えなくて、何を馬鹿なことをやっているのかと冷静に自分を見ている別の意識がある。リンナもよく見れば口元が歪んでいて、目の中がぐるぐると渦を描いている。ああこれは混乱を極めているときの表情だ。
いいわよ!エモーショナルパワーが、ここに溜まってきた!でもあと一息、炸裂するパワーのトリガーが要る……
ここに、と言って、伏し目がちに自分の胸の辺りに手を添える少女。
何なんだよこれ!何だそのふざけたポーズは、ときめき少女かってんだ!あー、自認フェイ・イェンの、いやパイロット……になるのか?とにかく、ヤガランデがいつ目を覚ますかわからないんだ。バカやってないで―
それ!!
あ?
それ、もう一回頂戴!
びし、とこちらを指さして、何かのリピートを求めている。モエモエキュンの呪文でないのなら、何だ。
……バカやってないで
ちがう
目を覚ます
ちがう
ヤガランデ
ちがう
自認フェイ・イェン
そうだけど違う〜
じゃあ
ならばもう、これしか残っていない。俺とリンナはコックピットの中で目配せし、お互いが認識している最後の選択肢を、言う。
そう、それ!ときめき!!
ときめき。
自認フェイ・イェン少女(今や見た目はバーチャロイドのフェイ・イェンそのものだ)がその言葉を自らの口から放った瞬間、彼女の体がピンク色のまばゆい光に包まれ、その光は輝かしく熱を帯びた赤銅色へそして綺羅びやかな金色へと変化する。戦闘用バーチャロイドとしてのフェイ・イェンの持つハイパー化の機能と酷似しているが、彼女は今激しい損傷を受けたわけではない、俺の知っているハイパー化とは何か違うものらしい。
と、ときめきが、何だって言うんだ!?
ときめきこそ、私達人間が自らの道を開く力!
人間?バーチャロイドは、人間なのか?ヒトの子宮から生まれたにも拘らず、単なる文字列一つ割り当てられないだけで人間である権利さえ剥奪されるこの世界で、バーチャロイドは、バーチャロイドが
分散型プログラムでも、多軸統合仮想人格でも、集積意識AIでもない、電脳虚数空間との境界上に横たわる人間概念の具象体は、人間よ。人間はみんな、ときめきの力で、世界線を超えられるの。自分が行きたい世界に、心を翼に変えて、飛び越えられる!
真の、バーチャロイド、だと……?
何を言われているのか俺にはさっぱり理解できなかった。理解できなかったけれど、思い知ってしまった。理路ではなく、気持ちで。ときめきとは、熱だ。この内側から溢れ出すような熱いものが―
来た!ときめきパワー全開!ラブリー・ハート・ビィィーム!
〝ときめき〟……!
いっけぇー!!
フェイ・イェンがハートを模った手のポーズをそのまま、ヤガランデに向けて投げるように振る舞う。すると、ふざけているのか真面目なのかわからない、きらめくハート状の光が投射され、それはヤガランデに向かって大きく膨らんだ。ヤガランデに到達する頃にはその巨体をすっかりと包み込む黄金の光となり、幻獣戦機の機体は元より周囲一帯も金とゴールドピンクの光に染められていく。
なっ……これは、爆風か?衝撃波!?
巻き込まれるぞ……!
眩い光がまるで山の端から顔を出す曙光の如く溢れ出し、空間を埋め尽くす。淡桃金色の光の洪水が迫り、瞬く間に慰撫の機体も飲み込んでしまった。衝撃はない。意識障害もないし、何の変化さえ起こっていないように思われた。あれだけ眩い発光現象に何の効果もないなんて、逆に疑わいい。目眩ましだったのか?
機体は大丈夫か?
計器にも武装にも駆動系にも異常はなさそうだ。ただ
ただ?
リンナが操舵桿を強く握ったまま顎先だけで前面ディスプレイを見ろと指示してくる。
ヤガランデが目を覚ました……拙い!
フェイ・イェンの〝ラブリー・ハート・ビーム〟だかなんだかふざけたキラキラに照らされれば、眠った猫も目を覚ますというところだ。警戒心を煽る黄色の巨大な機体が立ち上がり、起立姿勢を正していた。しかも、目を覚ました直後から両肩の巨大レーザーユニットにエネルギーが充填されているのが、視覚的にも、計器上にも明確だ。即座に攻撃に移ろうというのか。
あのレーザーが来る、退避だ、リンナ!
わかっている!
俺が言うより先に既に、リンナは慰撫を全速力で移動させていた。エクロージョンモード中のエンジェラン・慰撫タイプだ、速度は並のバーチャロイドの比ではない。
多数のバーチャロイドがただの一照射で大破或いは消滅したのを目の当たりにしたばかりだ。その超出力光線が再び放たれようとしている:しかも、眼の前で。10wayに枝分かれしそれぞれが独自に照射方向を修正する射線の前に、もはや回避できるかどうかはこちらの手の中にない。エクロージョンモードにある慰撫の機動性でもその事実は変わらなかった。
ディスプレイされたロックオンアラート、レーザー攻撃予想範囲とその線形公算誤差。到底脱出できる広さでも密度でもない。光線兵器に対して少なくとも軸の重なった遠近上には回避の道はなく、かと言って闇雲に横方向へ移動したところで相対距離が伸びてレーザーの砲向誘導機能によって容易に追尾されてしまう。一定以上距離が近ければ内側に潜り込むように斜めに差し込めば軸をずらしつつ砲向誘導の早さを上回れる可能性があるが、今はそのどちらでもない。平たく言えば、レーザーにとってベストな距離:絶望的だった。
だめだ……出られない!
ロックオンアラートは鳴り止まない一方で、回避ルートアドバイザーはその表示を失う。最善エネミー予想メソッドでの回避可能空間が時間内到達可能範囲内に存在しなくなったことを示していた。ヤガランデの攻撃パターンはほとんど記録されていない。回避ルートの不在は、攻撃パターンの学習不足による誤謬、であることを祈るしかなかった。
被弾イコール死であることは、明らかだ。そして、被弾も確実だ。
!
……っ
10本のレーザーが絡み合うように投射された。その1本が、慰撫に狙いをつけようと明らかに砲向誘導している。正確に追尾するレーザー照射から逃げ切れず、死の光がいよいよ慰撫の体を舐めた。レーザーは個別の1本だけでも慰撫の全身を飲み込む太さがある。照射された眩しい光は慰撫を丸呑みにし、その眩さが、死を―
……あれ?
レーザーが……どういうことだ?モロに喰らったはずじゃ……
生きていた。眩い光は既に収まっておりレーザーの照射が終了したことを示していたが、俺も、隣のリンナも、慰撫の機体も生存している。現れた変化といえば……なんだか周囲の空気がぽかぽかと温かくなった位だった。
これは……あ、あったかい……出力が、低かったのか?
み、みろ、ヤガランデのカメラアイあれは……は、ハート?
目がハートになってる。メロメロ……メロメロなんだ、奴はもう破壊衝動の顕現ではない……!
ハート状の光線投射によってふざけているのか真面目なのかわからない異常をきたしたヤガランデは、まるで座り込むようにその巨体を地面に落とした。先の動作一時停止の時よりも力なく、その重厚な装甲の巨体さえどこか柔らかく丸っこく感じられてしまう。まるで巨大な鞠のように体を上下に跳ねさせている……笑って、いる……?
これが……オリジナル・フェイ・イェン
そうか、思い出したぞ。オリジナルって、あの都市伝説の……14歳の少女の姿で現れて、出会った人間に〝私かわいい?〟って話しかけ、何を答えても結局メロメロにされるっていう、あれか……!
なにそれなんか怖い……私そんなふうに言われてるの?
変化は攻撃の無力化に留まらなかった。地面に座り込んで丸まるようにしているヤガランデの機体全体が、細かく刻まれた小さな光の反射を見せ始める。それは徐々に、やがて広範囲に強く現れ、すぐにヤガランデの装甲表面全体に粒状の質感として広がった。
……なんだ?
ヤガランデの体全体が元の色彩を失い代わりに金色に光る砂をまぶしたように、体全体が光の反射をなして煌めいている。そして、まるで少しずつその光の粒子が剥がれて落ち、風に吹かれてはらはらと流れていくみたいに、ヤガランデの姿が掻き消えていく。
ヤガランデが、消えていく?フェイ・イェンのハート・ビームで、倒したということか?
さっきのハート、攻撃にも見えなければ、ダメージが入っているようにも見えないが……
起こっている現象の説明は全くつかない。ただ結果だけを見れば、フェイ・イェンが放ったハート・ビームがヤガランデを倒した、と見るしか無い。
フェイ・イェンはパーティクルエフェクトアニメーションの中に消え去っていくヤガランデに向かって声を掛ける。
親御さんによろしくね
フェイ・イェンがヤガランデに向けて手を振ると、驚いたことにヤガランデの巨大なアームバスターランチャーが振り上げられて左右に揺れた。まさか、手を振り替えしているのだろうか。
やがて幻獣戦機の姿は、完全に風に流れて消え去った。辺りには少し熱い空気が漂っている。光の粒への変化が視覚上だけの出来事ではなく、確かに生じた物理的な現象だったことを示していた。
きえた……
やった、のか?
これがヤガランデ撃破という結果であるとは、にわかに受け入れがたかった。爆発も熱波もなく、巨大な幻獣戦機が撃退される終幕など、あるとは思えないからだ。オリジナル・フェイ・イェンの放ったものが、謂わばオリジナル・ハート・ビームだったとして、それが秘める力の性質も大きさも、今の俺には全く想像が及ばない。眼の前で起こったこと(全くふざけたようなことも含めて)が理解できぬまま、事態は収拾に向かおうとしている。
光の砂がすべて流れ消え輝きが失われた跡には、少なくとも見渡す一帯にフェイ・イェンの姿も、ヤガランデの姿も、見えない。
ヤガランデの姿はないが、ただ、最後にヤガランデのフットプリントがあった地点に、なにか小さな違和感があった。最初にヤガランデの傍に現れた人間サイズのフェイ・イェンのときと似ている。
あそこ、フェイ・イェンがいるんじゃないか?
ふむ
リンナが光学センシングを拡大表示する。たしかに人の姿をしているが、フェイ・イェンとはフォルムが違うような。
次の瞬間、ディスプレイではなく射撃用のスコープで拡大視していたリンナが、声を上げた。
は、ハツネ!?
なんだって?
その場に残されていたのは、てっきりゼミニによって殺されヤガランデと一体化したと思っていた、ハツネの姿だった。慌ててエンジェランを寄せて、彼女の傍に下りる。
彼女は一糸まとわぬ姿で立っていた、まるで何事もなかったかのように平然と。何も着ていないのは、ヤガランデから切り離されたからだろうか。ヤガランデに取り込まれたと見せかけて裏で狐狩りが続行されていた、なんてことは流石に考え難い。
よ
よ、じゃないが。えーと、取り敢えずなにか着るとか羽織るものは
ンだよ、見かけによらずウブいなあ。ああ、ありがと。
リンナがパイロットスーツの予備を手渡すと、特に恥じる様子もなくその場で着替え始めた。サイズ合わねーwと胸のあたりの余った生地を弄んでいる。相変わらずといえば相変わらずだった。少し、安心する。
ハツネ、君は今までヤガランデの中にいたんだが……何か憶えているか?
……ほとんど全部、見えてたよ。姉貴があたしにトドメを刺し損なったことも、ヤガランデになったあたしの体が何人も殺したことも……あたしが、姉貴を殺したことも。全部。あたしがやらせてたわけじゃないけど……感覚は全部残ってる
フェイ・イェンは
わからない。ピンク色の光りに包まれて、ヤガランデの感覚とあたしの感覚が分離したんだ。それからのことはわからない
そうか
信頼していた姉に殺されかけ、挙句の果てに自ら手にかけたのだ。掛ける言葉が見つからない。
ま、生きてただけマシってもんだ。あー、あたしのガラヤカ、なくなっちゃったなあ。御主人様にゆって新調してもらわなきゃだな。次はフェイ・イェンがいいな。オリジナル、かっこ可愛かったし、あたしにぴったりじゃね?
そうだな
しんみりすんなよ、と言外に表すように、ハツネはペラペラと喋り始める。その様子が一層に痛々しい。
思い返せば今回の戦線参画について、何一つ腑に落ちる出来事はなかった。狐狩りどころか、俺がゼミニに声をかけたところから、何もかもが普通ではなかった。小さな出来事が重なって、ヤガランデの幻影顕現にまで至る。戦線は成人向け番組撮影の前に腐敗し、ヤガランデの前に敵味方無く崩壊した。リリン・プラジナーが実行している悪夢の儀式について知ってしまい、俺が喫茶店で声をかけたゼミニはヤガランデとリリン・プラジナーへの復讐に燃える鬼だった。俺は、一体何に巻き込まれたんだ。あそこでゼミニに声をかけなければ、こんな気分で終わらずに済んだのだろうか。それともモブとしてヤガランデのレーザーの前に蒸発しただろうか。全ては因果律を恣意的に操作しようとするテクノロジーのバケモノの仕業かもしれない。反面、そんなバケモノが俺一人の感情をかき乱すためだけに因果律など振り回すわけもない。
何も納得がいかない。何だったのだ。
少なくとも、ヤガランデは、消滅した。俺は生きている。付け加えてもいいのなら、リンナもハツネも生きている。その結果に間違いはなかった。ヤガランデに殺された奴らには申し訳ないが、これがヤガランデの供犠の延長上にある出来事だったのなら、リリン・プラジナーを恨んでくれとしかいいようがない。
何も、何も納得がいかない。一体、これは何だったってんだ。
しかし。それでもこの戦線はこれでアガリだった。
えらい目に遭ったが、一切合切飲み込むしかない、自然災害に遭ったようなものだと。私達傭兵にはそれしか出来ない
ああ……GameOver、だ
ヤガランデの顕現がレンタリアの外に伝わり、管轄していた企業が大部隊を引っ提げてこの小さな島を取り囲んだ……が、その頃には既にあの状態。俺やリンナは数日に渡る事情聴取を受け、起こったことを洗いざらい話した……が荒唐無稽過ぎてほとんど聞き入れられなかった。これは長期勾留になると覚悟を決めていたところ、しかし何故か突然に二日で無罪放免と放り出された。リンナも同じだったし、本来は人権IDを喪失していることで余罪を追及される筈のハツネも、一緒に解放された。何か大きな力が働いたとしか思えないが、心当たりはない。
さりとて命あっての物種、長く空けていた家で久しぶりのオフの日々を過ごしていた……のだが。
お前達、どうして俺の家を知ってるんだ
達?
おい、勝手に入るな……!
また来客か。扉を開けるなり、小柄な体が俺の下をくぐり抜けるように転がり込んだ。俺がそれを追いかけようとする隙を押し込むように、もう一人が扉の内側に体を差し込む。
きたねー部屋だな
呼ばれてもない客が文句を言うな。ハツネ、お前なんで俺の家を―
お前の稼ぎならもう少しマシな家に住めるだろう
頓着がねえんだよ……って、だから、おい、リンナ、お前もなんで俺の家知ってんだっ……ってあぁ〜ぁ〜もうお構い無しかよ
お構いなくー
ハツネと、そしてリンナが家に押し入ってきた。どこで俺の家を知ったのだろうか、リンナにだって別に自宅のアドレスなど教えたことはない。ましてやハツネなど余計に俺の家を知る由もない。今はただでさえ闖入者がいると言うのに、これから一体なにが起こると言うんだ。一人暮らしにしても手狭な自覚があるリビングを我が物顔で歩き回るハツネを見て驚きと呆れを吐きながら、しかしここにゼミニがいないことを、噛みしめる。
彼女はハツネの乗るガラヤカを撃破し、まるでパイロットごとコックピットを貫くようなトドメを刺しながら、しかしハツネは大きな傷を負うこと無くヤガランデの分厚い装甲の中で生かされていた。ゼミニが望み通りヤガランデの幻影を屠ることができれば彼女はゼミニの手で葬られていたことだろう。それが叶わなかった場合は、これが答えだった。
ヤガランデの幻影がCISの果てに送還されたとき、ハツネの体躯は生まれ直したかのように、そこにあった。
二人とも、なんでここにいるんだ
あんたらなら、まとまったカネの扱い方、知ってると思って
金ぇ?
あたし、自分の金って今までほとんど持ってなくてさ。全部姉貴に任せちゃってたし、飯食う金額以上の金って、よくわかんないんだ。
まるで「全部奢ってもらっちゃうから、自分で財布なんか持たないんです」のような口振りに見えるが、人権IDを持たなかった彼女は恐らく、貧困故に一定以上の額になるとの額の大きさの意味するものが本当にわからなくなるのだろう。加減乗除ができるとしても数字の羅列としてしか認知できないのだ。貧富の差が大きすぎるせいで生まれたグロテスクな認識世界だ。
とはいえ、バーチャロイド1機を所有していたのだから、動く金額のことくらいはわかっていそうなものだが……。もしかしたら本当に、彼女の〝所有者〟とゼミニからの扱いで、金の重みなど知らぬ育ちになっただけかもしれない。
ああ、こないだの戦闘の契約金か?まあ、傭兵の契約金くらいの話なら、どう処理するのがいいか程度のことは言えるが……いやそうじゃなくて、なんで家知ってんだって聞いてんだが……
おれは……アファームドがツブれて火の車を覚悟していたが、商品のプロモーション映像が高く売れたお陰でトントンだった。トントン?死にかけたのに?もう思い出したくもねえ。リンナに意見を求めて視線を投げる。
エンジェランは経費のかかり方が特殊なんだ。弾薬や推進剤には金がかからないが、使う魔法力のぶんだけフレッシュ・リフォーの系列企業宛に支払いが発生する。私のはサブスクリプション契約機体じゃないから、重み付けも特殊で参考にならないだろう。アダックスの頃より値上がりして結構キツイんだが……って、これ答えになってるか?
いや、多分そのカネだけじゃないと思うんだ、これ。
俺の一般常識に従った極々自然な質問は無視かよ?
俺の質問には一言も答える気など無いと態度で表すように、ハツネは徐ろにモバイル端末を開いて画面を見せてくる。特殊な端末だ、徹底的にオープンソースやフリーな高セキュリティーパーツだけで構成された、政治的に無色で足の着かない端末。それもかなり高度に見える。犯罪者なら垂涎モノだろう、俺だって欲しい。
……このデバイス、どうしたんだ?
作った。
作ったって
姉貴にパーツとかの決済してもらって。今となっちゃ……形見みたいなもんだな
形見といってしんみりに見せたが、置いてある〝ニュートラル〟なマシンを自分でフルスクラッチしたとか、なにやらとんでもないことを言っている。大したもんだな:呆れと区別が付かない感心を抱きながら、「何故ハツネが俺の家を知っているのか」を知るのが少し怖くなる。俺はそれ以上問うのを諦めた。
ハツネの端末の折りたたみディスプレイに映し出されているのは、分権型信用決済サービスのプライベートVaultだった。彼女の言うカネは、今ここに移行されているのだろう。ノンポリな分権型信用決済サービスなら、扱いに気を付けさえすればハツネのような人権レスでも資産を蓄えることができるだろう。決済先が限られるとはいえ、生きていくには事足りる。
ここにカネとやらがあるのか?
ああ。どうすればいいか教えてほしい
表示されている残高をみる。そして、俺も、リンナも変な声を出してしまった。
事足りる、どころの話ではなかった。そこに表示されていた金額は、オレが想像していた額より何桁も多く、傭兵程度が一生かけても手に入れられるような額ではなかった。
い、いや、悪い、こんな額は……ちょっと俺もどうしたらいいか分からん。
これは本当に引き出し可能なのか?騙されてるんじゃ……
たぶん
もしリアルのカネなら、フルスペックのバーチャロイドの分隊規模のオーナーになれる。生活するだけなら、何もする必要なんて無い。これ、ハツネの金、なのか?
こないだの戦闘の後、御主人様からあたし宛に振り込まれた。姉貴の金だ、あたしんじゃない
だったら……ゼミニとハツネの戦闘シーンが売れたんだ、ハツネが貰う権利があるだろう
姉貴は、死んじまったからな。ついでに、あたしは御主人様にも捨てられた。
捨てられた?
リンナが聞き返す。
セーフハウスは残ったけど、それ以外の接続が全部切られた。全部御主人様の契約だったからな。でももう、御主人様とも連絡が取れない。
御主人様っていうのは……玩具人格としての、君の持ち主という意味か?
そうだ。姉貴にも、あたしにも、人権IDはない。だから本当は金の移送先に姉貴やあたしなんか指定できないんだ。それを御主人様がやっていた。あたしらにガラヤカを買い与えたのも御主人様だ。
バーチャロイドまで買い与えるって……もしかしてゼミニの目的を知っていたんじゃないのか?
……多分。御主人様が姉貴の人権IDを買い取ったのは、ヤガランデへの復讐のためにガラヤカを欲しがっていたことを、知っていたからだ。その代金として、人権IDを買い取ったんだと思う。
人権IDが生存したままだとヤガランデの供犠を目の当たりにした人間として追い回されるからだと、ゼミニは言っていた
二人の間では、計画づくだったんだと思う、今回のことは。あたしは、ヤガランデを呼び出すための依代にされた。
何のために?御主人様とやらも、ヤガランデに恨みがあるのか?
そこまでは知らない
結果としてゼミニの行動は彼女を殺さずには済んだが、ゼミニが自らの目的を達した暁には、ハツネは殺されていたということになる。まだ幼さを残すハツネを、ヤガランデの破壊衝動の呼び水として利用したことも否定はできない。もし、ゼミニも、彼女の言う御主人様も、グルとなってハツネをただの人身御供として扱っていたのだとしたら。ハツネにとっては辛い事実だろう。
ゼミニを、恨んでいるか?
……全然。本当の妹みたいに付き合ってくれてると思ってたから、がっかりしただけ。少し。
少し、と付け足したその様子が、年相応の少女が年に似合わぬ言葉を駆るいじらしさを際立たせる。
でも結果的にハツネは生き残った。
〝生き残った〟。その言葉は、あたしが使っていい言葉なのか?姉貴を殺したのは……あたしのガラヤカだ
ガラヤカはヤガランデじゃない。ハツネ、あれは君の意志じゃない
反論しようと口を開けかけたハツネだが、その反駁に何の意味もないことを悟って苦しげに口を噤んだ。こんな幼い子に、一体この世界は、何を押し付けようというのだろう。
ハツネの様子を見ていたリンナが、は、と何かに気付いたように口を開く。
ハツネ。そのお金があれば……どこかの企業の無期限なゲストアカウント程度なら、買えるんじゃないか?
永住権、準市民か
なるほど、企業格付が低い国家のゲストアカウントの永続化なら実際、金次第だ;確かにこれくらいの金額があれば不正に買収することが可能かもしれない。国際信用機関が定める人権IDには及ばないが、準市民ということならば無いよりは遙かにマシだろう。それに、あのカネを永住アカウント買収に使い果たしたとしても、彼女は情報技術者としての腕が立つらしい、まともな仕事さえ選べれば食い扶持は立つだろう。彼女が再びパイロットをやるというのなら話は違うが、そうでなければ、そうして足を洗うのは、ありだ。
そう、だな。ちょうど御主人様に捨てられたことだし、それも悪くないか……
これは想像の域を出ないことだが……ハツネが御主人様から捨てられたっていうのも、お姉さんが仕込んだ契約なんじゃないか?
えっ?
ハツネに大金が入るのも、所有者から放棄されるのも……自分の死も、ゼミニの想定通りだっていうのか?
もはや事の真相は御主人様とやらしか知らないだろうけどな。そう思ったって、バチは当たらないだろう
リンナの言うことは、整合性があった。それに、ハツネにとっても受け入れやすい。リンナの「物語」を聞き、まさか自分が救われるための筋書きだったなどと思ってもいなかったハツネは、言葉を失った。端末に添えられた手が、その端を撫でるように掴む。
姉貴を……恨まなくって、済むんだな……。悲しんで、いいんだ
そうだな。それが出来るのは、ハツネだけだ。悼んでやれ
俯いたまましばし、ハツネは涙をこぼす。リンナがその頭だけをそっと引き寄せた。
はらはらと溢れる涙には、ただ死を悲しむものではない色が混じっていた。ただ悲しむのなら、もっと素直に、もっと大きな声で泣いていたろう;世知辛い世界を生き延びたとはいえ年端もいかない子どもなのだ。姉が自分を殺そうとしたという受け入れ難い事実に理由が付いたことへの安堵が、その感情を子供には抱えきれない複雑なものに変えていた。
ゼミニが亡くなったのは悲しいが、幾らかいい話で終わってほっとしたぜ。あんなままじゃ流石にいたたまれねえ
少し口さがなかったかも知れないが、偽らざる感想だった。後味の悪い姉妹仲の終焉を、特等席で見たいだなどと、思うわけがない。
だが、リンナの反応は少し違った。
ハツネを座らせ、頭を撫でながらリンナは言い辛そうにに口を開く。
いい話なものか。プロパガンダに利用されたんだよ、二人とも
……プロパガンダ?どういうことだ
ただの酔狂で玩具人格を二人も囲い、バーチャロイドまで買い与えて、お涙頂戴ってだけの筈がない。悍ましい額のカネがかかっている筈だ。並の上級市民の仕業じゃない
それは、そうだが……だとしたら、何だってんだよ
これは、反リリン・プラジナー陣営の仕掛けた、認知戦の一環だ。とばっちりだよ、私達は。
広告……あれも、ただの広告だったっていうのか。ヤガランデの幻影まで呼び出して……
人の命を材料にした印象操作が、きっと今は世界各地で行われている。魂には、値札が付くんだな、やっぱり。
リンナの横でまだ小さくしゃくり上げているハツネが、小さく顔を上げる。
なあ……
どうした
カネのこと教えてもらった迷惑ついでに、頼みがあるんだ
迷惑だなんて思ってないが、頼みなんてものは言うだけならタダだ。
だったら、と意を決したように口を開いた。
あたしを二人の養子にしてくれ!
「「はあ!?」」この場で二人と言われた文脈上、それは俺とリンナしか指し得ない。言われた俺も、当然リンナも想定外の発言に狼狽える。
待ってくれ。ハツネ、もしかして俺とリンナを何かと勘違いしていないか
なんだよ。夫婦なんだろ?
そっ、そんなわけあるか!
そうなの?
ちがう!なんでこんな男と……あっ、いや
リンナが食い気味に否定の声を上げると、ハツネの顔ににやりと強かな笑みが浮かんだのを、俺は見過ごしたがリンナは見逃さなかった。ハツネはそれはしめたと言いたげに、発言を切り替える。顔を上げたハツネが、立ち上がって俺の足に絡み付くように腕を回してきた。
そっかぁ、じゃあアレクの奥さんでいいや。アレク、あたしと入籍してくれ。そしたら色々と権利周りが楽に……
にゅ、入籍!?ちょちょちょちょちょちょっと待て!
ハツネの言葉に、リンナは悲鳴のような声を上げて飛び跳ね立ち上がる。そして慌てて座り直しては、ばつが悪そうにしながらもごもごと付け足した。
あ、いや……それはちょっと、問題があるだろう。倫理的にも、年のこととかあるし
そお?じゃあ養子にしとくか。アレクの娘ってことでさ。ねえ、パパー?
ダメ過ぎる!
なんでさ。アレクがいいなら、問題ないだろ?
どっかの企業のゲスト垢買った後で、戦争孤児の養子縁組ってことなら……確かにいけそうだな
いけねえよ!何考えてんだ、このドスケベ!
リンナが取り乱し演劇の舞台上みたいに大仰に振る舞い声を上げると、今度は部屋の奥から女の声が聞こえた。最悪のタイミングだ。
部屋の奥の別室のドアが開いて声の主が姿を見せる;リンナの警戒レベルが急上昇し、扉の方へグランド・スティンガーの如き視線を送った。
ちょっとぉ。お客様がいるんだから静かにしてよ
はっ?こ、この女……
はろー。その節はどーも、慰撫のパイロットさん。これでお揃いね、因果律に翻弄されし人間たち
オーバーサイズのスウェットパーカーに、元は特徴的なツインテールだった髪をくつろぎ仕様のベリーロング二束おさげに結わえている。現れたのは、先のヤガランデ顕現事件で突如現れそして機械の神様然と騒動を収拾した、少女。随分と寛ぎスタイルで居座ってくれたものだ。
お、オリジナル・フェイ・イェン!?玄関先の傘立てに、元カノの忘れ傘みたいな顔で突き刺さってるレイピアも!?
なんか……あの後帰ってきたら家の中にいてよ
なんか、じゃないだろう!お前、本当に消されるぞ!?特殊重戦闘VR大隊までこの家に呼びたいわけ!?どすこい押しかけ女房がご所望か!?
落ち着けリンナ。言語野が暴走してる、頭を冷やすんだ。
冷えとるわ!キンッキンやぞ、こちとらエンジェラン乗りだ、舐めんな!?
銀河系規模家出娘の登場に発狂するリンナ。戦線から帰ってきたら、フェイ・イェンは既に家にいた。何で俺の家を知ってたんだかは分からない。やはり聞いても教えてはくれなかった。
リンナは、フェイ・イェンの姿を何かの痕跡を探るように視線で舐り回し、震えながら言う。
なんで、あなたが、ここに、いるんだ?
CIS行くのってエネルギー使うのよねー。自分じゃなくってあのデカブツを送り出すって思ったより疲れちゃって。ってわけで、こちらにお邪魔して充電中
CIS……オリジナル・フェイ・イェンにはデバイス無しの電脳虚数空間往還機能があるって言うのは、本当なのか。あのときヤガランデがいきなりいなくなったのは
フェイ・フェイちゃんのラブリーボーカルパワーで、飼い主の元にオヒキトリネガイマシター。ああ、別にあんた達を助けたわけじゃないからね
ツンデレ……テンプレツンデレ娘……っ
リン姉?戻ってこい?
惑乱も極まり泣き出しそうな顔になっているリンナは、ハツネに憐憫にも近い視線を向けられる。ハツネとリンナ、それと俺に向き直り、フェイ・イェンが改まったように咳払いをする。
えー、彼にはいっぺん説明したんだけどさ、あなた達にも伝えとかないといけないかなと思って。あと、単純に彼、物わかりが悪すぎる
うっ
フェイ・イェンが言うのも尤もだ、彼女が転がり込んできて俺にした説明は……俺にはさっぱりわからなかった。
説明って?あたしも聞いて良いのか?
私があのヤガランデに何をしたのか。あの子が顕現して、あたしが送り返して、どうなったか。余波は、もう来ているから。
フェイ・イェンはハツネにも頷いて見せながら、俺にした説明と同じものを滔々と語り始める。
ご想像の通り、ヤガヤガの幻影は電脳虚数空間を通り抜けられる私が、電脳虚数空間をバイパスして他の世界線へ送り出しました。元々この子のいた世界に〝近い〟世界ね。無限に重畳する分岐宇から正確に元来た宇を選ぶのは無理だったけど、まあ誤差っしょ。
そんなことが、できるのか
言ってしまえば定位リバースコンバートと同じことだよ、もう人間は普段からやってるでしょ?
いや、定位リバースコンバートを専用の装置無しに、しかも任意の対象に向けて行えるというのは恐ろしい力だ。人間の技術の粋を優に超越している。これが、商品として普及する戦闘用バーチャロイドではなく、真の意味でのオリジナルバーチャロイドの力か。
でも、この世界の多重度は無限で、一方でバルク全体での〝総量〟は同じなの。ところが外の世界から捩じ込まれるように顕現するヤガランデは、イレギュラーな因果創出器になっちゃうワケ。ヤガヤガがもたらす汎ゆる因果は、平仄状態だった無限多重度の因果のチェーン構造に対して、本来は存在しなかった別の因果を不正にインジェクションする。その辻褄合わせのために、バルク内の他の分岐宇端の因果とトレードが発生しちゃうの。核分裂反応みたいにね。本来交わらない並行分岐宇端同士に、重力以外の〝関係〟が生える。そのメカニズムが、所謂〝因果律〟っていうものよ。ご存知タングラムはその観念を具現化したインターフェイス。
俺には何一つわからなかった説明だが「エンジェランの約款」故か、リンナは俺よりは発言の意図を理解できているようだった。ハツネは……俺と同じだ。
私がヤガヤガを作り手の元に返すために、CISと他の宇端を通過させたせいで、色々影響が出ちゃってるってわけ。
それが、君がアレクの家にいる理由か?
半分はそう。半分はさっき言った通り、充電中。
フェイ・イェンの言葉に、半信半疑、だが受け入れざるを得ないという苦い表情を浮かべるリンナ。何せ俺たちは目の前で彼女がヤガランデの幻影をどこかに消し飛ばしたのを、目の当たりにしているのだ。
因果がインジェクションされるといったが……だったら、ヤガランデに殺された人達……いや、ヤガランデに殺されたという〝果〟を押し付けられた人は、結局、どうなったんだ?いや、どうなった事になるんだ?
多分どっかのブレーンで、その宇では何らかの〝因〟によって死んでいたその人の、死という〝果〟が別の宇に不正に押し出されることになる。平たく言えば、生き延びる。
胸が、ざわついた。生きている、ゼミニが?新たなダイモンに成り果ててでもリリン・プラジナーを追い呪い殺すとまで叫んで死んだ、ゼミニが、まだ。
……つまり、どこかの世界でゼミニが生きてるってことか
あの女の人が死んでない宇端なんて無限にあるよ。この宇宙でヤガランデに殺されたってことは、死んでる予定だったどこかの宇の一つが、死んでない宇に変質した筈。でも、それだけ。ブレーン全体では収支は同じ、総量は変わらない。そしてヤガランデがインジェクションした分はやがてヤガランデ自身に円環して、ヤガランデの退場によって情報揮発する。あの日に死んだり壊れたりしたあらゆるものが、そうなってる。
ヤガランデは破壊の概念の得体だ。何一つとして生み出さない、生産的な〝果〟は創出しない。ということは、呼び出されていない世界にとっては創造主か救世主かってことになるのか?
まあ認知できれば、そういうことになる世界も、どこかにあるかもね
破壊の因果がヤガランデ自身に円環するってのは、どういうことだ
あの子は本来、ほっといても勝手にしぼんで消えてたってこと
あの、猛獣のような巨大なヤガランデが、放っておけば消えるっていうのか?にわかに信じ難い。だが、フェイ・イェンがそういうのなら、もしかしたら本当にそうなのかも知れなかった。
ヤガランデが幻影と呼ばれているのは、ある意味では自滅に近い形で自然消滅することが、本当は約束されているからなのか。適切な例えかどうかはわからないが……台風のようなものなのかも知れない。
だったら、ヤガランデの供犠っていうのは、何のために
円環を短く詰めるための努力ってところなんじゃないかな。リリナ姉さんの真意なんてあたしにはわかんないけどさ。確かに、生贄を捧げなければ破壊の拡散範囲はもっと大きくなるのは間違いないと思う。アプリコはまだ頼りないし……
アプリコ?
ああ、こっちの話。でも、ね、くだらないでしょ?地球のひとつやふたつがパチンコ玉みたいに銀河外に弾き出されたって、些末なことじゃん。人間なんて零みたいなものなんだから、もっと楽しく歌って踊ってればいいんだよ、終わりの日までさ。
自らを機械の神と呼ばわってみせた、オリジナルバーチャロイド。CISを自由に行き来し、CIS経由で世界中のどこにでも、このブレーンのどの世界にさえ飛んで行ける、作られた女神。任意の分岐宇端に飛べるということは、見かけ上は時間さえ超越できるということになる。明るく快活で全てを明朗に歌い上げる一方で、その歌は人間には思い及ばない大局観と倫理観を描き出す、ある種の残酷さも持ち合わせているだろう。その歌声は宇宙の果にまで響きそして、超弦端点の交わる宇宙の果で眠るこのバルク次元のあり方を夢見る白痴の神を、いつか目覚めさせるのだろう。
はい。というわけで、説明はおしまい。そういうわけだから、もうしばらくここで厄介になるね
……そういうことなら、仕方ないな
ハァ!?
いや、俺自身も仕方ないなんて1ミリも思っていないのだが、なんと言ってもフェイ・イェン本人が、完全に居直り居座り居候モードで、俺が何をやろうとも動きやしない。人間大にダウンサイズされているだけで、紛れもないバーチャロイドなのだ。あんまり逆らっても、何されるかわからない。触らぬ神になんとやら、という言葉がある。
何ていうか、不可抗力っていうかな
あにが不可抗力だ!お前、自分をジャパニーズ・スケベ・マンガの主人公かなんかだと思ってんじゃねえだろうな!?おい!お前等も、アレクから離れろ!
別にくっついてないしー。安心してよ、彼に飽きたら出てくから。
なあなあ、父娘にすんの?夫婦にすんの?
は!な!れ!ろ!